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中島宏著『クリスト・レイ』第132話

 思い切って話してもいいけど、たとえばマルコスがそれを聞いて、よく理解できないとか、理解できてもその考えは受け入れられないとか、という結果になると、やはりこれは話すべきではなかったとして、後で後悔しなければならないことにもなりかねないし。
 そんなことだったら、最初から何もそこまで話さなくてもいいということにもなってしまうから、その辺のところで迷うわけね。ああでもない、こうでもないというふうにね。あら、これではいつもの私らしくないわね。何だか優柔不断で、愚痴をぶつぶつ呟いているだけのことになってしまってるわ」
「それもまた、アヤの一面ということで、いいのじゃないかな。あまりいつも、強い面ばかりを見せていては疲れてしまうし、時には、本音の部分をさらけ出してみることも必要だと思うよ。人間はそんなに強いものでもないし、弱いところがあって当然だよ。その弱い部分を僕に見せたところで、世の中がひっくり返るほどの重大事にはならないと思うけどね。僕のことだったら、何の心配も要らないよ。
 ほら、さっき君が言った、こんなことを話してマルコスに誤解されたらどうしょう、などという考えはやめた方がいい。もし、君が本気でそれを考えているとしたら、ちょっとがっかりだね。いいかい、アヤ、僕たちの付き合いは、昨日、今日に始まったものではないということを、しっかり明記して置いてもらいたいね。二人の間で、これだけの中味の濃い会話を紡いで来られた、その意味をじっくり考えて欲しいね。
 もっと、何と言うか、二人の間には大らかな気分のようなものがあると僕は考えているし、それだけの強い繋がりがあると、僕は信じているんだ。アヤの言うような不安があるとしたら、それはまだ、そこまでの領域に達していないというふうに考えるしかないね。つまり、僕は君に、その程度にしか見られていないということにもなるわけだ。もし仮に、そうだとしたら、ちょっと、というか、かなり残念なことだね、それは」
「そうね、マルコスが気を悪くするのは当然だわ。そこまで信じることができなければ、ある意味で、親友失格ということになるわけだし、私たちの場合はもう、そういう他人行儀のような気遣いをする間柄じゃないということを、しっかり認識すべきでしょうね。
 今、マルコスにそれを言われて、ピシッと頬を叩かれたような衝撃を受けたわ。私からは、何も言い返すことはないわね。確かにその通りだし、それがいやだったら、少なくとも親友という形は、偽善ということになってしまうから、まず、そこを解消しなければ理屈に合わないことになるわね。
 もちろん、そんなことは私、考えたこともないし、マルコスは今の私にとって、かけがえのない人だから、そういうことはまず、不可能ね。となれば、ここはあなたが言うように、私の心の中をすべてさらけ出して、それを明確に見せるべきでしょうね。どうも、私にはそこまでの勇気が足りなかったようね。表面的には強そうに見えても、やはり、私には結構、弱いところがあるということね。マルコスにも、それが分かったでしょう」
「僕の言い方がちょっと強かったかもしれないけど、それを感じ取ってくれれば、僕は満足だよ。もっとも、こんなことはお互いさまということで、僕だけが正しくて、非はいつも君にあるなどということはあり得ないし、それを言うつもりもまったくない。僕だって、間違ったことをいつも言ってるから、あまり人のことは言えないというのが本当のところだね。でも、どうでもいいようなことはともかく、二人にとって非常に大事なことは、お互いにはっきり意見を言うべきだし、そこを言うことができなければ、結局、僕たちの付き合いも本物からは程遠いものだということになりそうだね。

 

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