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特集=日本に学ぶコロナ対策=3密回避が日常回復への道=感染防止が「日本文化」に=感染症専門医 水野泰孝

 新型コロナウイルスの感染爆発が止まらないブラジル。各自治体は外出自粛令の発布など感染防止策を採っているが、累計死者数は今月にも30万人に達しようとしている。一方で日本の感染状況は感染者数44.8万人、死者8625人(3月16日現在)と感染抑止に成功している。今回は感染症専門医の水野泰孝氏寄稿の『日本における新型コロナウイルス感染状況と対策の効果』から日本のコロナ対策の要点を学びたい。(編集部)

水野泰孝 グローバルヘルスケアクリニック院長

 2019年末に中国・武漢で発生した原因不明の肺炎は新型コロナウイルスが原因と判明し、WHOによりCOVID―19(SARS―COV―2感染症)と定義されました。
 日本で初めて確認されたのは2020年1月6日に武漢から帰国した中国国籍の男性で1月16日に公表されました。この時点ではヒトからヒトへの感染は限定的で、これまで確認された新型コロナウイルスであるSARSやMERSに比べて病原性は低く、重症化や感染力は高くはないであろうと推測されていました。
 しかし、日本が世界的に注目された事例が豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」におけるCOVID―19の集団発生でした。同船は乗客を乗せて1月20日横浜港を出発し、鹿児島、香港、沖縄を巡り、2月4日に横浜港に帰港する予定でしたが、香港で下船した乗客の1人がCOVID―19であることが判明し、同船は乗客2666人、乗務員1045人、計3711人を乗せたまま横浜港に到着しました。
 5日、船内で10人の感染者を確認した日本当局は、乗員乗客を19日までの14日間船内で待機させ検疫を行うと発表しました。多数の乗客をしっかりと隔離する施設、迅速な検査体制などが整備されていない状況のうえ、狭い船内での感染対策の不備などが明らかになり、多くの感染者だけではなく重症者や死者も確認されたことなどから政府の対応への厳しい意見も少なくはありませんでした。
 その一方で、一定の割合で無症状病原体保有者が存在することや、船内環境調査によるウイルスの伝播状況の解明など、未知のウイルスの正体が徐々にわかり始めた時期でもありました。

「3密」の環境では感染を拡大させる

 また、政府の専門家会議は感染が拡がりやすい環境としていわゆる「3密」(密閉空間(換気の悪い密閉空間である)・密集場所(多くの人が密集している)・密接場面(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる)という3つの条件が同時に重なる環境では、感染を拡大させるリスクが高いことを提唱しました。
 3月には連休の人出の増加や旅行シーズンによる欧州からの帰国者が発端と考えられる感染事例が増加し始めたことで、4月7日に7都道府県を対象に緊急事態宣言が発出され、4月16日には全国に拡大をしました。
 緊急事態宣言は2020年3月13日に成立した新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく措置で、全国的かつ急速なまん延により、国民生活や経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある場合などに、総理大臣が宣言を行い、緊急的な措置を取る期間や区域を指定します。
 対象地域の都道府県知事は、住民に対し、生活の維持に必要な場合を除いて、外出の自粛をはじめ、感染の防止に必要な協力を要請することができます。
 また、学校の休校や、百貨店や映画館など多くの人が集まる施設の使用制限などの要請や指示を行えるほか、特に必要がある場合は臨時の医療施設を整備するために、土地や建物を所有者の同意を得ずに使用できます。
 例年であれば気候が良くなり、観光地には多くの人出がみられる時期であるにもかかわらず、特に5月の大型連休中でさえも「ステイホ―ム」の呼びかけに対し多くの国民が協力したことが功を奏し、感染拡大に歯止めをかけることができました。

感染拡大を抑え込めたのは国民性の影響

 諸外国のような「強制ベ―ス」ではなく「要請ベ―ス」でありながらここまで感染拡大を抑え込めたのは日本人の国民性の影響が大きいとも考えられます。また普段から咳エチケットなどマスクを着用することが日常的な日本人にとっては飛沫感染対策の徹底へのハ―ドルもさほど高くなかったのかもしれません。
 緊急事態宣言の影響は、特に訪日外国人旅行者を誘致するインバウンドに支えられてきた宿泊・運輸・土産などの観光関連産業がうけた打撃が大きかったことから、政府は旅行・飲食・イベントなどの需要喚起事業としての「GO TO キャンペ―ン」に予算を投じました。
 特に、旅行を推進する「GO TO トラベル」はキャンペ―ン期間中に指定旅行代理店において、旅行商品購入やインタ―ネットのホテル予約サイトから宿泊予約をした利用者に対し、代金のうち2万円を上限に35%割り引き、観光地の飲食店や土産物店で使える15%分の割引ク―ポン券発行も支援を行うものでした。
 しかし、6月中旬頃から東京の繁華街でホストクラブを発端とした集団感染事例が明らかになり、東京都を中心とした感染者の全国的な拡大がみられるようになりました。
 GO TO トラベル対象発着地から東京を除外したものの、感染者の増加傾向は続き、地域によっては独自の緊急事態宣言の発令を行う事態になりました。政府が旅行することを積極的に推進するようなイメ―ジは人との接触機会が増え、場合によっては集団感染のリスクが高まる環境を作りやすくしてしまうという懸念もありました。
 ちょうどこの頃、政府は比較的感染者が少なく日本との交流が盛んであるタイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの4か国を対象にビジネス関係者を中心に人の行き来を再開させていく方向性を示しました。
 現在からみればこの時期の感染者の増加は第2波と認識されていますが、緊急事態宣言など特別な対策が取られない状況下においても感染状況がコントロールされていたのは、1回目の緊急事態宣言による国民への感染対策の徹底がある程度認識されつつあったことや、各地域での独自の緊急事態宣言の発出、特に感染が拡がりやすい東京を中心とした首都圏での集中的な感染対策が功を奏した可能性が考えられます。
 しかしながら、国内での感染状況が完全に抑え込めていない状況での東京都を発着とするGO TO トラベルの追加に相乗して、秋の紅葉シーズンを迎えた全国各地への旅行客の増加や海外からの外国人に対する水際対策の緩さなどは、第3波の到来を示唆するものであったとの意見もあるのも事実です。
 また、感染拡大が予測される冬季が間近であったにもかかわらず、医療体制の整備も含めしかるべき対策が取られていなかったとの指摘もありました。
 このような状況でクリスマスや年末年始のイベントによると思われる感染者の急増が起こり、年が明けてから2回目の緊急事態宣言の発出につながりました。
 経済活動を優先させなければならなかった理由もある一方で、11月の紅葉シ―ズンでの人出の増加と年末年始のイベントでの感染拡大のリスクを踏まえ、11月の連休前にはしっかりとしたメッセージの発信と徹底した対策を講じる必要があった、後手に回ってしまったといった印象をもつ者もいるのも事実です。

2回目の緊急事態宣言でも感染者数が減少

 2回目の緊急事態宣言は一部の地域のみの発出でしたが、メッセージ性も弱く、さらには自粛疲れとも言うべき足並みの揃わない人たちの行動、すなわち遵守する人たちは徹底して遵守するが、遵守しない人は全く遵守しないなどの日本人の中でも意識の差が現れはじめ、都市部や観光地の人出はほとんど減らず、1回目の時のような大きなインパクトがあったようには感じられませんでした。
 それでも感染者数が著しく減少に転じたのは多くの国民の感染対策に対する知識の向上、すわなち、公共の場所でのマスクの着用や手指衛生の徹底など、1年前とは格段に上がった行動変容、すなわちある種の「文化」として根付いたところが大きいと考えます。
 ただ残念ながら現在でも一部の人たちの会食時などの大きな声での会話は目に余るところがあり、食事中はやむを得ないとしても、食事が終わっているにもかかわらず長時間にわたり、お互いがマスクなしでの会話を続けている大人数のグル―プに対する注意喚起ができるような(従業員など第3者からだけではなく、仲間同士からも含めた)雰囲気作りが一歩踏み込んだ対策につながるのではないかと考えています。
 2021年3月初旬現在の首都圏では緊急事態宣言が出されているにもかかわらず感染者が下げ止まり、さらには増加に転じている傾向であり、その効果が薄れているのではないかと思われます。
 感染拡大状況は一度増加に転じてしまえば再び減少にするまでには一定の時間はかかります。日本でもワクチン接種が開始されましたが、多くの国民が接種しなければその効果は目に見えてはきませんし、それまでにはまだかなりの時間を要します。

これまでよりも感染しやすい変異株の拡散でも

 最近ではこれまでよりも感染しやすいといわれている変異株の拡散など、新たな問題もみられていますが、COVID―19の特徴としてわかっていることは、やみくもに拡がるというわけではなく、やはり「3密と呼ばれる環境で圧倒的に拡がりやすいということ」、「至近距離でマスクなしで会話をすることによって感染(飛沫感染)する可能性がきわめて高いこと」、「感染していた場合には症状が出る2日くらい前から他の人に感染させてしまう可能性があること」をしっかりと認識してさえいれば、特別な行動制限をする必要もなく、極端な自粛を続ける必要もなく、ごく普通の日常生活を送ることが可能であると考えています。

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