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中島宏著『クリスト・レイ』第141話

 その衝撃的な事件というのは、あるきっかけからね、私が両親の本当の娘ではないことが分かってしまったの。それ以前にも、そんなうわさを、ちらりと耳にしたことはあったけど、私は頭から信じなかったし、そんなことがあるわけはないと思っていたわ。私には二人の弟と二人の妹がいて、兄弟仲もよく、貧しかったけどすごくいい雰囲気の家庭だったから、まさか、私一人だけがその中で、貰い子だったなんて、想像すらできなかったわ。
 でも、後で冷静になってから考えてみると、私だけが、兄弟姉妹たちの中ではちょっと違うタイプの人間だったということに思い当たったわね。容姿が違うというようなことじゃなくて、性格的に私は、子供のときから男の子のように腕白なところがあって、男勝りだ、お転婆などと言われて育ったの。そういうところは、兄弟たちにはなくて、どちらかというと皆、従順で大人しいタイプだったわ。
 でも、そういうことって、どこの家庭でも大なり小なりあることだから、そのことだけで私が貰い子だなんて、そのときは考えもしなかったわね。しかし、もっと大きくなって世の中のことがいろいろ見える年頃になってくると、その辺りのことがだんだん気になりだしたのね。それに、真剣な顔で、私にそんな話をする人間も出てくるようになって、もしかしたら、というふうに考えが変わっていったわ。
 そんな頃、あるとき学校の関係で書類を提出しなければならないときになって、私は初めて自分の出生の秘密を知ることになったの。
 両親も、前からいずれそのときが来るということを覚悟していたみたいで、私がそのことを知ってからすぐ、私を呼んで一切のことをちゃんと説明してくれたわ。
 父は私を前にして、別に隠すつもりはなかったが、お前が本当にこのことを理解できる歳になるまで待つつもりだったといいながらも、私の出生や貰い子にした事情をきちんと話してくれたの。父の説明によると、父と母があの今村教会で知り合って、その後も親しく付き合っていた女性の子供が、私だったらしいの。
 その女の人は何でも長崎県の平戸という所から移り住んできた人で、同じ隠れキリシタンだったけど、詳しい事情はあまり語らなかったようね。明るくて活発な人だったらしいけど、何か複雑な問題を抱えていたらしくて、時々ふっと遠くを眺めるようにして、沈んだ表情を見せることがあったと、父は言ってたわ。
 とても気丈夫な人で、弱音を吐かず、弱いところを人に見せることもなかったけど、さっぱりしてとても人柄が良くて、それで父も母もすっかり気に入ったようね。名前は牛島あき、といったらしいけど、家族のことはあまり口にすることはなく、ただ、旦那さんは、つまり、私の実の父親ということなんだけど、私が生まれて間もなく病死したらしいの。
 困っていたところを、隠れキリシタン関係の人に助けられ、そのつてで今村教会に移って来たようね。教会の仕事をしていた関係で、いろいろ今村の人たちにも助けられたそうよ。でも、どういうわけか、うちの父と母とは特に親しくなったようで、家にはいつも出入りしていたようね。
 父と母は当時まだ、結婚して間もなかったから、子供もおらず、そういう関係もあって、当時、二歳ぐらいだった私を連れて遊びに来る牛島あきを、まるで親戚の者のように受け入れたらしいの。
 まあ、そこまでは、とても幸福な展開だったみたいけど、私の実の母である、その牛島あきさんは、よほど運がなかったようで、ある日、突然喀血して倒れてしまい、緊急に病院に運ばれたの。検査の結果、肺病にかかっていることが分かり、有無を言わさずそのまま、結核専門の療養所に送られることになってしまったの。

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