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安慶名栄子著『篤成』(45)

 その頃になると、私はもはや父が苦しんだり、痛みを感じたりしないようにと願うばかりでした。父は特に宮本武蔵のビデオを見るのが好きでした。私は一緒にビデオを見ながら機会ある毎に漢字の読み方や意味を聞いたりして会話をするように心がけ、父は気長に説明してくれました。
 92歳になった父は、主によし子姉さんに介護してもらっていました。よし子姉さんは兄の家にほとんど引っ越したような状態で、父につきっきりでした。父は最期まで意識ははっきりしていましたが、体はやはり年の重みを感じていたようです。
 私はいつも「お父さん、腰、痛くない?」とか、「膝、痛くない?」と聞いたりしていました。それに対し、父はいつも「どこも痛くないよ」、と答えていましたが、一度、「えい子、この年でどこも痛くなかったら、普通の人間じゃないよ」と言いました。こんなことを言っても父は痛みなどの文句を一言も言ったことはありませんでした。
「お父さん、少し疲れ気味よ」という電話があったのは木曜日でした。私は走って父のところへ行き、「お父さん、どこか痛い?」と聞きました。「痛くないよ」「息切れする?」、「息切れもしないよ」と。そして「どこも痛くないよ」と父はもう一度繰り返し、間もなく静かに目を閉じて逝ってしまいました。
 私はまだわがままで「お父さん、それだけ? それだけなの?」と叫びました。私は父にもっと、もっと、100年、200年でもそばにいてほしかった。でもそこには痛切な、重い真実があり、十分にお返しできなかった悔やみが私の上に重く、大きくのしかかってきました。
 その瞬間から、あの木曜日は薄暗くなり、言葉も一言も出ませんでした。母が私たちを父に預けたあの日以来、私たちを幸せにしてくれた父を同じように幸せにしてあげたい気持ちは、まだまだ私の中に強く波打つのでした。
 感謝の気持ちは、絶え間なく、愛という感情が同時に凄まじく込みあがってくるのでした。「お父さん。あんなに病気になったりしてごめんね。心配で、夜眠れないことがいっぱいあったでしょう。ごめんね。百日咳にかかった時なんか私が息を切らせるほど咳をして、お父さんはどうしていいかわからず、唯々私を抱きしめてくれたよね。マラリアにかかって、そしてトラホーマも。ごめんね、お父さん、苦労かけて。小さいころから意地っ張りな私、許してね、お父さん。お父さん、どこにいても、ずっと、ずっと世界一幸せな爺さんでいてね。そして私たちを守り続けてちょうだい、いつまでも、いつまでも」。
 2000年11月8日、享年92歳、父篤成は、私達家族に別れを告げて、天上の母のもとに旅立って逝きました。

□あとがき□

 「子も孫も皆大丈夫だ」と父はいつも言っていました。実際、兄恒成は機械技師として成功し、男の子1人と女の子3人、皆大学まで卒業し、社会人として活躍しています。
 姉よし子も結婚して2人の子供も大学生として頑張っています。
 妹みつ子も結婚し、3人の子供も大学を卒業して良き社会人として活躍しています。
 私の2人の娘も私に幸せだけをもたらしています。
 父は、本当に「子や孫は皆大丈夫だ。俺は世界一幸せな爺さんだ」と言えるのでした。
                   栄子

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