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学習者主体とは何か考える=全伯日本語教師オンライン研修会=「面白おかしく、ストーリーを」

国際交流基金の久野元日本語上級専門家

国際交流基金の久野元日本語上級専門家

 「先生の生徒になりたい!」「ユーチューブをはじめてほしい」――7月29日に行われた新宿日本語学校校長の江副隆秀さんの特別講演で、熱心に聴講していた日本語教師達から、そう称賛の声が上った。ブラジル日本語センター(CBLJ、日下野良武理事長)が「第64回全伯日本語教師オンライン研修会」を7月17日、21日、22日、29日に実施した際の一コマだ。


 日本語教育現場に必要な情報や技術を知り、現場に活かす事を目的に、コロナ禍で窮地に立たされる日本語教師のために無料で開催されたもの。専門家による講演会やグループ対話による研修が行われた。
 参加者はブラジル外からもアルゼンチン・パラグアイ、ボリビア、アメリカ、中国、日本など合わせて130人から申し込みがあった。日本語学校の教師のほか私塾や個人レッスンを行う教師、柔道教室の師範という人も参加していた。
 参加者のうち亜国から参加した又吉ガブリエラさんは「研修会で得た新しいアイデア取り入れたいと思います。やってみよう! 頑張ろう!という気持ちでいっぱいです」とモチベーションが高まったという。
 第33期教師養成講座にも参加していたロッソ石塚多美子オルランナさんは「様々な先生方の経験に触れ、自分の成長に繋がるだけでなく自信にも繋がりました。特に今回はブラジル以外の国の先生とも交流ができとても有意義な時間でした」と振り返る。
 17日14時半から開講式が行われ、小堤明日香(おづつみ・あすか)領事や江口雅之JICAブラジル事務所長、洲崎勝国際交流基金サンパウロ日本文化センター所長が来賓として出席した。

特別講演を行った新宿日本語学校校長の江副隆秀さん

特別講演を行った新宿日本語学校校長の江副隆秀さん

 開講式ののち、基金の久野元(くの・げん)日本語上級専門家による「学習者主体とは何かを考える」の研修が行われ、従来の『学習者中心』授業と『学習者主体』授業の違いを紹介し、参加者も共に考えていく研修を実施した。
 「教科書にあるから教える」のではなく、『学習者主体』は学習者が必要とする内容を教え、「日本語での自己表現や対話、日本語で社会を理解できる事」を目標とする考え方だ。
 「中心と主体の違いにピンとこない」「実践が難しそう」といった声も寄せられたが、久野さんは「学習方法は殆んど同じだが考え方が違う。学習者の『やりたい』という気持ちを高めることが大切」と解説した。
 29日に行われた江副さんの特別講演では、同氏が校長を勤める新宿日本語学校がオンライン授業へ移行してから「面白おかしく、ストーリー性をつけて記憶に残りやすくする」事を強く意識しているという。
 「合」の意味を説明するために蓋付きの湯呑を持ち出し、湯飲みに蓋をかぶせて見せ「『合』の字は蓋と湯呑が合う状態」と説明し、紙にベッドで横たわる人を描き「『やまいだれ』は床に臥せる人をデザイン化したもの」と視覚を使い印象に残る工夫を紹介していく。
 江副さんは、オンライン授業で「移行には技術的な問題は無かったが本質を教える事が重要だと感じた」とし「教師は日本語がどのような言語であるか知っておく必要がある」と言語の成り立ちや特徴なども説明した。
 閉講式で日下野理事長は関係団体への感謝や研修に携わる人への労いを述べ、「対面で会えないのは悔しいですが、集まれる時は必ず来る。希望を持って期待して下さい」と声をかけた。オンラインと対面を組み合わせたハイブリット授業に関しても「心と心のふれあいに尽きる」と授業環境の変化においても大切な点を述べた。
 同研修会で行われた講演などの模様は録画しているため、後日センターのホームページ上に掲載される予定だ。


「付け焼刃でない授業を!」=宮本ミナス・モデル校元校長

ミナス・モデル校元校長の宮本君代さん

ミナス・モデル校元校長の宮本君代さん

 「オンライン授業は私自身未知の世界ですが、授業に目的を持ち、しっかり準備して自信を持って教えられるようにする事、付け焼刃ではない授業をすることが大事だと感じます」――ミナス・モデル校の元校長、35年の日本語教師歴を持つ宮本君代さんが「付け焼刃」と題した講話でそう強調した。
 第64回全伯日本語教師オンライン研修会では、コロナ禍中に行った取り組み紹介の一環として宮本さんの講話も行われた。
 農業移民で子供の頃に家族と共にブラジルへ移住してきた宮本さん。1980年半ば頃に自分の子供に日本語を身につけさせたいと日本語教室に連れて行ったが、「教師が足りないので日本語が出来るなら教師になって」と逆に誘われたのを機に教師になった。
 当初は「日本語は小学5年生までしか習っていなくて、私が日本語を教えるなんて大丈夫かな」と不安もあったが、自分なりに苦心し、教材を手書きしてガリ版印刷で作っていたという。
 「語彙も乏しく文法もろくに分からない未熟な教師でしたが、やる気と熱心さはありました」。生徒も熱心さを感じてくれ、休まず出席し卒業した10年後もカードを送ってくれる生徒もいたという。
 その一方で「大失敗」も。時代が経つにつれ、便利な教材が出て、授業をするのも簡単になってきた。そのせいで気が弛みいい加減な授業をしてしまい、生徒が「次から出席しなくなって本当にあれは大失敗でした」と苦笑いしつつ語る。
 「事前準備をしっかりし、『よく教えられる』と自信をもって教室に入った時はうまくいった。逆にやりたいと思って挑戦した試みも、どこか不安を残したまま実行すると失敗をした」と振り返り、「だから講話の題にも『付け焼刃』と加える。
 宮本さんは講話でひととおり自身の教師歴を振り返ったあと「日本語教師として今も昔も大事な事は、何を求めて学校に入ってくるかよく考えて授業に望む必要がある。授業に目的をもって自分が自信をもって教えられるよう、しっかり準備すること」と後輩教師達に助言を送った。

 

 

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