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繁田一家の残党=ハナブサ アキラ=(8)

 東芝がレントゲンを売るにも、おやじの口利きがないと、どこの病院にも出入りできないことが判った小宮虎之助は、毎回手数料をおやじに払うのが惜しくなり、おやじをスカウト、それが初代高松営業所長・おやじの第一次繁田一家誕生の始まりや。
「俺は、サラリーマンになって、初めて月給というものを貰ろた」とおやじが述懐した。外語を出てサイゴンで大日本航空勤務から戦後引き揚げた成田重巳氏も、おやじ同様、高松バスの重役で昼間からマージャン台を囲んでいた。
 成田氏の弟、知己氏は社会党の書記長から委員長まで歴任した日本有数の政治家。知己氏は、東大卒で頭が切れるが「学歴のない田中角栄の鋭い弁舌に敵わない」と白状される正直な人柄。
 重巳氏によれば「知己は名書記長だったが、委員長の器ではなかった、ましてや政権を担う星にも生まれあわせてない」と、謙遜しておられた。
 社会党で首相になったのは、後にも先にも、ぐず哲と謂われた片山哲と、自ずから「なして、俺んごつが官邸ばに総理の椅子に座わっちょるんが解せんとたい」と早々と辞めてしまった田舎のおっさん村山富市。
 この政界に通じるコネクションの人脈で、おやじは福岡転勤に際し社会党の鵜崎知事宛に社会党委員長直筆の添書を携え就任の挨拶に行った。
 県内各地の県立病院や保健所はライバルである島津製作所の独壇場で、同社のレントゲンが殆んど占めていた。県の前川衛生部長の弟が同社福岡支店の営業課長だったので、これは役人と業者の癒着以外の何ものでもない。
 清廉を身上とする社会党県政に反するのは歴然としてるが、誰も猫の首に鈴をかける者が居なかったので、知事は事実を知る由が無い。
 ワイは、八幡製鉄労組の共産党の小沢和秋・県会議員に事実をありのまま話し、議会で緊急質問してもらった結果、衛生部長は熊本県衛生部長に左遷された。
 県庁衛生部の須古技官から、そこまでやることないでしょうと言われたが、これからは島津のレントゲンだけでなく東芝も日立も購入できるので、内心は喜んでる節が見受けられた。
 この東大出身の県会議員は、その後、衆議院議員として国会で鋭い質問を浴びせ、ぼんくら大臣をきりりきり舞いさせた。
 県議会を傍聴して感銘したのは、二日市選出の長老議員が答弁に立つ部長に「検討すると再三申されるが、〝拳闘〟はもうテレビで見飽きた。イエスかノーか?」と切り込む質問だった。
 県政にせよ国政にせよ、このように即答の出来ない政治家や公務員が多数を占めているようでは日本はいつまでたっても不景気から脱出できない。
 この際、8年ぶりで衆議院に帰り咲いた42歳の平成の竜馬・岩屋毅代議士に日本の初代大統領となり、安倍首相が逆立ちしても実現できない改革を断行されんことを望む。
 この毅君が生まれた頃、ワイは大分出張所長、と云っても真昼のワンマンオフィス、下請けのサービス会社に机を置かしてもらっていた。
 別府から通勤する岩屋先生は大分赤十字病院の放射線科医長だったが、およそ医者らしくない豪快な人物だった。
 同病院のレントゲンはすべてが東芝製。先生いわく「てめえらセールスマンが、売り込みに来るから買ってやるのとは違うぞ」。

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