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文芸

中島宏著『クリスト・レイ』第108話

 が、アヤが個人的にそのことを批判してみたところで、世の中が変わって行くわけではない。彼女としては、今起きつつあるこの現象を、できるだけ冷静な頭で判断し、その先がどのようなものになって行くのか、それを自分なりに考えてみるしかない。  幸い、彼女には、マルコスという話し相手がいる。  通り一遍の世間話で終わるという相手ではなく、結 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第107話

 日本からやって来た移民の人々は、ようやくその辺りの現実を見据えて、気持ちの上でもそれに対応し、整理することが出来るようになってきた矢先、第2次世界大戦が勃発し、彼らを取り巻く状況はさらに思いがけない方向に進んでいくことになる。  一方で、平田アヤのような隠れキリシタンの人々は、その大半が最初から永住を目的としてブラジルに来てい ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第106話

 が、しかし、現実はそれほど簡単なものでも生易しいものでもなかった。  この時期、日本人移民のほとんどすべてといっていい人々が、肝心の資金を稼いで帰国するという目的からは遠く離れた場所に佇まなければならない境遇にあった。借金の返済すら覚束ないという状態では、家族揃って日本に帰国するなどということは夢のまた夢に過ぎなかった。  短 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第105話

 アメリカほどではなかったが、ブラジルは移民を大々的に受け入れることによって、短期間に多くの外国人たちが増えていくことになった。そして、それらの外国人たちは当然ながら、それぞれの文化と風習をこの国に持ち込んだ。結果として、ブラジルという国のアイデンティティーが揺らぎ、あいまいなものとなっていく傾向が出始める。そのままの流れを傍観 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第104話

 この時の情勢から考えてみても、政府の措置は至極当然のことであったといえる。そしてそれ以降、折からのナショナリズムの流れと相まって、外国人にとっては急速に厳しい状況に突入していくことになった。  そして皮肉なことに、隠れキリシタンの人々が懸命に努力して建立した、あのクリスト・レイ教会が完成した年の一九三八年辺りから、外国人に対す ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第103話

 多くは移民たちの母国語を習い、ブラジルの国語であるポルトガル語は敬遠、もしくは無視されるという状況にあった。政府は、この部分を強行に改革し、まず子供たちの基礎をポルトガル語での教育として義務付け、それを徹底させた。同時に、外国語での教育を制限していくことになった。 この措置は、三0年代後半になるにつれて徐々に厳しくなっていく。 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第102話

 この時期のブラジルでのナショナリズムは、はっきりいって異常な雰囲気を持つものであったといっていい。少なくともそれは、それまでの自由の国、移民の国というブラジルのイメージからは、程遠い流れを持つものであった。当時のドイツにおけるファシズムの台頭にも見られるように、国民の不満が高じていくことによってそこから、反体制のうねりのような ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第101話

 いってみれば、クーデターという名の政変を鎮圧するために、これを武力で解決しようという局部的な動きであって、大きく一般市民の支持を受けた戦いではなかった。それはたとえば、あのアメリカで起きた南北戦争とは、規模においても内容においても、極めて矮小なものであったことは間違いない。  そのせいか、この戦争もわずか三ヶ月で終わり、結局、 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第100話

 ブラジルの主要な輸出製品であるコーヒーの輸出が、それまでには見られなかったほどの減少ぶりを示し、一度に売れなくなってしまった。さらには、砂糖、とうもろこし、綿、牛肉といった輸出の牽引役ともなっていた農産物のすべてが、同じように総崩れになっていった。  一九二0年代の後半には、ブラジルもそれなりの経済成長を遂げて、国内市場もかな ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第99話

「それとも、よほど鈍感だったのかということでしょうね。私の見るところではどうも、そのどちらにも原因があったということのようね。でもね、マルコス、そんなことよりも、私はもっと大事なことが、そこにはあったというふうに解釈したいわ」 「もっと大事なことというと?」 「つまりね、二人ともが相手のことを考えて、心配し、できるだけ自分のこと ...

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