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中島宏著『クリスト・レイ』第103話

 多くは移民たちの母国語を習い、ブラジルの国語であるポルトガル語は敬遠、もしくは無視されるという状況にあった。政府は、この部分を強行に改革し、まず子供たちの基礎をポルトガル語での教育として義務付け、それを徹底させた。同時に、外国語での教育を制限していくことになった。
この措置は、三0年代後半になるにつれて徐々に厳しくなっていく。
 それまで、何の制約もなかった外国語教師に対しては、ポルトガル語の能力も問われるようになり、実際にそれに関した検定試験も実施された。要するに、ポルトガル語が満足にできない者は、この国での外国語教師として認められないということになったのである。
 このことは、純然たる外国語だけで教えることを禁じることになり、それまで外国語教師として働いていた者で、ポルトガル語が満足にできない者はすべて、その資格が剥奪されることになった。
この時代、いわゆる移民としてブラジルにやって来た人々の数は想像以上に多く、この政府の新しい方針は、彼らにとって大きな衝撃であった。
 出稼ぎの感覚でやって来た日本人移民も無論、例外ではなく、ポルトガル語など勉強する必要はまったくなしとしていた彼らにとって、これは寝耳に水というような驚きとなった。日本語学校を作り、日本式の教育を行い、日本語しか教えない学校というものは認められなくなったのである。ポルトガル語での義務教育を徹底させようとする、至極まともなブラジル政府の方針に対して、彼らは反論の余地がなかった。
 それでもまだ、最初のうちは外国語の教育を認め、その教師たちも認めていたから問題はなかったが、その後、徐々に締め付けが厳しくなり、ポルトガル語ができない者は、教師として認められなくなっていったから、日本語教師たちの場合は逃げ場を失ったようにして、少なくとも表面上は、教育の場から消えていかざるを得ないという状況になっていった。
 この時代の潮流ともいえるナショナリズムは、ブラジル中に広がって行き、特に南部、東南部地方にかけては、その流れが火急な形となって、全域に浸透して行くことになる。その急展開な動きは日本人移民のみでなく、ドイツ、イタリア、その他のヨーロッパ諸国の移民たちを直撃することになった。
 一方で、移民の末裔たちの世代の交代が進むにつれて、このような歪な形も急速に変化していくことになり、ポルトガル語を基礎として持ち、その上で外国語を教えるという教師の形が定着するようになっていった。が、しかし、その形もそれほど長くは続かなかった。

 ブラジルで外国人に対する締め付けが徐々に高まっていった矢先に、ヨーロッパであの第2次世界大戦が勃発した。
 一九三九年、九月一日にドイツ軍がポーランドに侵入したことに対して、九月三日にイギリスとフランスが対独宣戦を布告した。ここから第2次世界大戦が本格的に始まっていったが、そのことは、ブラジルにおいてもかなりの警戒心を持って受け止められ、直接の連合国の敵であるドイツ人の移民たちに対する行動の制約が厳しさを増していくことになる。
 この時点でまだブラジルは、アメリカの例にならって、中立国の立場を表明していたが、いずれにしても今後の戦局がどのようなものになっていくにしろ、世界中から、特にヨーロッパからの移民を多数受け入れている国として、種々な混乱を回避するという意味からも、外国人に対する規制を強化するという方針をヴァルガス政権は打ち出した。

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