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中島宏著『クリスト・レイ』第87話

「アヤたちの場合は、信仰するのがキリスト教である以上、その中心にあるのはいつも、イエス キリスト像であることは間違いないでしょう。その同じキリスト像が、たとえば、この僕が頭の中に持っているものと異質だというのは、ちょっと考えられないようにも思うのだけど、その辺は、実際にはどうなのだろうね。
 つまりね、同じキリスト像でも、僕のとあなたのとでは一致しないというのは、何だか矛盾しているように思えるけど、そのようなことが実際にあるということですか」
「そこを説明するのはとても難しいことなんだけど、マルコス。
 同じキリスト教のカトリックではあっても、イエス キリストのイメージについては、そこに微妙な差があることは事実ね。もちろん、キリストの教えが異なるという意味ではなくて、たとえば、お祈りするときに私の頭に浮かぶキリスト像が、必ずしもマルコスの描いているものと同じものではないという、そういう差が出てくるということなのね。
 イエス・キリストそのものが変わるということじゃなくて、微妙なところで、その解釈の仕方が変わるということかしら。その辺りはちょっとうまく説明できないけど、同じキリストでも、それぞれ、人によってその受け止め方が変わって行くのは、むしろ当然だと私は考えるわけね。だから、マルコスの持っているキリスト像と、私が持っているキリスト像とが違っても、そこにはさして大きな問題はないと思うの。
 要するに重要なことは、キリストの教えをしっかりと捉えているかどうかという点ではないかしら。その捉え方が間違いないものであれば、それぞれの持つキリスト像が異なるものであっても、それは決して致命的なものになるほどのことにはならないと思うわ。どう、マルコス、こんな説明で分かるかしら」
「うーん、分かったような、それでいて分からないようなという感じですかね。
 僕たちのように、キリスト教の信者にとっては、キリスト像は唯一のものであるはずですし、一般的にもキリスト像というのは、誰もが知っているあのイメージでしょう。それを変えるということは、何か不思議な感じですし、何もそこまで変える必要はないというふうに僕は考えますけどね」
「たとえばね、マルコス。あなたが自分の家で一人だけになったとき、神に感謝したいという気持ちが表れることってあるでしょう。別にそれは毎晩ということではないにしても、そんな心境になることはあるはずよね。そんなとき、マルコス、あなたの頭に浮かぶのはキリストの像だと思うけど、そのイメージはあなたにとってどんなものなのかしら。あのどこにでも見られる、ごく一般的なキリスト像かしら、それとも、あなただけが持っている、特別の意味を持つキリスト像かしら」
「僕だけのキリスト像というと、ちょっと誤解を受けるかもしれませんが、そういうところは確かにありますね。つまり、キリストの教えは変わらないけど、イメージ的に言えば、僕の頭の中に存在するキリストは、一般的なものとは若干違う、いってみれば、僕が独特に造り上げた像というふうなものです。その像が、僕にとっては本来のキリストの姿であり、原点とも言えるものですね。
 でも、そういうことは、程度の差はあっても、誰もが持っている傾向ではないかと思いますし、厳密にいえば、すべての人が持っているキリスト像は、微妙にそれぞれが違っていて、たとえば、他の人のものを見ようとしても、お互いがそれを見ることが出来ないのと同じで、そこにはまったく同じ像は存在しないということにもなります」

 

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