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越境する日本文化 野球

越境する日本文化 野球(6)=世代を超える「野球」=非日系への普及も進む

3月12日(水)  ブラジル野球の未来を担うダイヤモンドの原石たちが、日々磨かれている。  一九九九年十月、ヤクルト商工はイビウーナ市に野球場を建設。当時五百万レアルを要し国内最高峰の施設を揃えた同球場で、ブラジル野球連盟が二〇〇一年一月に始めた野球アカデミーが「セントロ・トレイナメント・ヤクルト」だ。  現在、ブラジル各地から ...

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越境する日本文化 野球(5)=日伯交流の陰に聖州球連=底辺拡大めざす新会長

3月11日(火)  〈野球によって始まった在住日系人の親睦交流から、野球道具の保管場所の必要性が生まれ、それが引き金となって親睦団体結成へと発展した〉  昨年五十周年を迎えた、アチバイア文協が発行した「協会三十年の回顧」には、発足の過程で野球が果たした役割が記されている。  偶然にも、同じく五十周年を迎えたカッポンボニート市の文 ...

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越境する日本文化 野球(4)=近代を持ち込んだ「野球移民」=完全試合投手も来伯

3月8日(土)  マウンドまで三十九歩。全身に広がる震えをこらえながら、一六五センチの小柄な背番号一は、ダイヤモンド中央の小山へと歩みを進めた。  〈あと、三人……〉  握りしめた白球に汗が染み込んだ。八回終わりまで全ての打者に安打を許さないばかりか、一つの四死球も与えていなかった。  一九六一年七月二十一日、夏の甲子園を目指す ...

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越境する日本文化 野球(3)=「新来」移民も参加=全伯チームで早稲田に善戦

3月7日(金)  コチア青年移民、産業開発青年隊、花嫁移民――。今年は戦後に移住が再開されてから五十年の節目に当たる。  戦前から日系人が普及させてきた野球は、「新来」として来伯した移民にとって、慣れない新天地での娯楽だけでなく、既に確固たる地位を築きつつあった日系人との交流を深めるための道具でもあった。   ▼  ▽  ▽   ...

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越境する日本文化 野球(2)=伯国の起源は米国=日系人の娯楽として普及

3月6日(木)  ブラジルにサッカーをもたらしたのが、「母国」イングランドであったのと同様に、野球もその発祥の地アメリカによって持ち込まれていた。  〈日本人が始める以前に、当時在聖の米国人たちによって、すでに行われていた〉。一九八五年に刊行されたブラジル野球史は、この国における野球の起源をこう記す。  初期の移民の証言やブラジ ...

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越境する日本文化 野球(1)=日本で花咲く「ヤキュウ」=日系人トリオが甲子園に

日系社会 ニュース 3月4日(火)  二〇〇×年八月×日、阪神甲子園球場。  全国の高校球児にとって「聖地」ともいえる大舞台の頂点に、異色のチームが登り詰めた。  九つのポジション全てをブラジル人留学生だけで構成する○×高校が、決勝で甲子園常連校の名門、PL学園に八対〇の圧勝。ブラジル国旗を手に、三塁側の観客席を埋め尽くしたデカ ...

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