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ニッケイ俳壇(905)=富重久子 選

サンカルロス        富岡 絹子

顔洗ふ猫の朝(あした)や春隣

【猫を飼っていると、よくこの句のような猫の朝の仕種を見るが、縁側や出窓の日当たりのよいところで、丹念に顔を何回も前足で拭いながら気持ちよさそうにしている。
季語の「春隣」は、「春近し」と同じでもうすぐそこまで春が近づいている様子であって、春を待つ〝冬の季語〟である】

ありし日の友偲ばるる花の雨

【桜の花に降る雨、または桜の咲くころに降る雨を、「花の雨」と呼ぶ春の季語である。
作者は近年仲のよい友人を亡くし、何時までも忘れられないで居る様子であろうか。
季語の「花の雨」に熱い友情の深い思いが感じられる、優しい巻頭佳句であった】

娘の街を訪ふことを決め春を待つ
住み古りて異国の花の侘びしかり
野良犬ののっそり歩く街のどか

セザリオランジェ      井上 人栄

枯牧や蟻塚ばかり目立ちをり

【聖市から旅に出て広い農地をみていると、大きな塔のような蟻塚が沢山見られ、夜になるとその蟻塚は無数の光の点となって、見事な夜景が広がるとの事であるが、その光る蟻塚はまだ見たことが無い。
この句の様に、「枯牧」の中の蟻塚なら尚一層目立って見える景色であろう】

国道に野火猛け狂ひ踊り出て

【野焼きの頃に旅をすると、道路を乗り越えて猛り狂った野火が、車の後ろから追いかけてくるくらいの勢いで燃え盛るものである。
どの句も機微にとんだ写生俳句であった】

枯牧や頭をたれて牛の列
夕風や麦の穂波の揺れやまず
雲一つなく晴れ渡り運動会

サンパウロ         串間いつえ

その中の大樹が塒(ねぐら)群燕

【書斎の窓から見える墓地の森は、今でこそ半分ほどは枯れ色に寂しいが、時々その大樹の中から飛び立つ鳥の群れを見ることがあり、燕かなと思って暫く眺めている。
それ等の群鳥は日暮れが近づくと、一日の糧を存分に蓄えた元気な姿で、森の塒に帰ってきて安らかな眠りにつくのであろう。
自然を詠んでよい写生俳句であった】

終戦日戦後生まれも七十路に
早春や広場を過ぎる風の中
曇り日の底冷と云ふ大聖市

ボツポランガ        青木 駿浪

ほぐれんとして大輪の冬の薔薇

【薔薇の花が大好きという作者、時々見事な薔薇の写真を頂く。
「ほぐれんとして」という言葉の通り、冬の薔薇は寒さに耐えながらの開花で、中々一度に開くことは無く、つつましく可憐な姿を静かに開きながら、寒中を楽しませてくれる。
大輪の薔薇の見事な写生俳句であった】

聖火リレー余寒の町を行進す
大海を染めて落揮の冬茜
楚々として庭の小鉢の返り花

カンポグランデ       秋枝つね子

福神漬まことよき名の茄子きざむ

【七柱の福徳神の名前を頂いた「福神漬」は、日本人にとって昔から無くてはならない親しい食品の一つで、いつも食卓にある。
作者はきっと自分で漬けられるのであろう。
「まことよき名の茄子きざむ」と、俳句を詠みながら福神漬けの食材を、楽しそうに刻んでいる作者の姿が見えるような、よく省略の利いた立派な佳句であった】

負けん気の孫見て楽し運動会
大寒波寒暖計を買ひに行く
木の葉髪かゆいところが二た所

ペレイラバレット      保田 渡南

トンネルに汽車のみ込んで山眠る

【「山眠る」は、冬の山の形や感じが黙々として眠っているような姿を、擬人的に言い表す言葉で冬の季語である。
彼方からやって来た汽車が、トンネルに吸い込まれるように見えなくなって、後は飲み込んだまま亦静かに眠ってしまった、山の悠揚迫らざる姿を詠んだ佳句である】

山道や厚き落葉をすべり踏む
牛追ひのマントや馬もつつみたる
深き愛こもりて冬の麗子像(岸田劉生画)

カンポス・ド・ジョルドン  鈴木 静林

繰言を犬に聞かせて日向ぼこ

【カンポスは聖市よりも寒い所と聞いているが、いつも元気で俳句を送ってくれる作者。
日向ぼこをしながら犬になにやら話しているのであろう。「繰言」といえば、愚痴を言ったり同じことを繰り返してくどくど言ったりと、ひと年取ると私もそんな自分に気のつくことがある。犬を相手の、少し寂しい俳句】

お手玉を教えて孫と日向ぼこ
霜被害野菜は焼けて地に伏せる
プレゼント襟巻き緋色縞模様

サンパウロ         平間 浩二

夜明け告ぐ山荘の主ベンテビー

【先日ミナスの宿で、ベンテビーの鳴き声を聞いた。遠く近くで鳴きかわす様子であったが、姿は見えなかった。まさしくこの句の通り山荘の主の落ち着いた澄んだ懐かしい声。
清々しい佳句である】

待春や世界の祭りリオ五輪
頬撫でるやさしきまでの木の芽風
手伝ひをする子となりし冬休

サンパウロ         近藤玖仁子

松の芯女は持たぬのどぼとけ
百歳をめざす母在す花雪洞(はなぼんぼり)
やり過ごすつむじ風あり花日向
さくら咲く戦なき世を祈りけり

サンパウロ         渋江 安子

ベンテビー呼び交ふ声の高きかな
春の旅タンゴの国へ行きそびれ
誕生日映ゆる紅白シクラメン
大波に隠れてしまひ汐まねき

サンパウロ         秋末 麗子

早春や朝夕風のやはらかし

【今年はなかなか気候のけじめがつかず、春が来たかと喜んでいると急に余寒がやってきて大変。でも春のように温かい日は「朝夕風のやはらかし」の言葉通りで心地よい俳句であった】

人の世に戦の絶えず敗戦忌
イペーロッショ高く華やぐ街路かな
終戦日平和の誓ひ称へども

サンパウロ         篠崎 路子

日暮れ時落ち葉も駈けるジョキング
孫等はしゃぐ銀杏落ち葉を栞とし
凍蝶の肩に止まりて生き給へ
早々と湯たんぽ入れて寝支度す

サンパウロ         伊藤 智恵

伯国に勝ち負け組みの終戦日
蒲公英や土無き街に花咲かせ
捨て仔猫我が物顔で居座りし
バスを待つ震への止まぬこの余寒

サンパウロ         須貝美代香

春の草萌え出づる野に山羊の群れ
一斉に膨らみわめく木の芽かな
春眠の目覚めて主婦の座に戻り
尼の弾くピアノの調べシクラメン

【静かな教会から、きれいなピアノの調べが聞えてきたのでそっと覗いてみると、白いベールの尼さんが弾いていたのであろう。
季語の「シクラメン」が、美しい調和のとれた佳句であった】

サンパウロ         上村 光代

仔猫たち気持ちよさそに戯れて
種まきて良き作物が出来る年
野道行く若草絨緞見事なる
親も子もタンポポ吹きて遊ぶかな

ピエダーデ         国井きぬえ

心地よき春の部屋にて写真見る
小雨降り枯葉散り我が庭に舞ふ
健康に歩くが一番若葉道
木の間より夕日さしては暖かし

タウバテ          谷口 菊代

田舎道風にゆられてタンポポよ
箱の中仔猫を守る親なりし
道中にタンポポ見つけ立ち止まり
風吹きてふと目を覚ます余寒かな

【この句は、風の音でふと目覚めて寒さを感じている作者である。
「余寒」は、立春の後まだ寒さの残っていることで春の季語である】

 


◎九月は春の真っ只中ですが、今年はいつまでも 余寒が続いています。春の季語を少書きますので、ご参考になさってください。

春分(九月二十三日ごろ)・春時雨・啓蟄・陽炎(かげろふ)・雨蛙・蜂鳥・アラポンガ・
若緑・勿忘草(わすれなぐさ)・大根の花・独立祭(九月七日)・樹木の日(九月二十一日)

                                      久子

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