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わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(42)

 在伯沖縄青年隊の組織づくりの始動  とにかく第一次隊の1957年から10年目の1967年にサンパウロ市在住の何人かが集って10周年を祝ったらしいが、それは決して正式な組織活動ではなかった。それにしても青年隊のよしみは深く頼母子講をそれぞれの地域で発足させ、各自の起業や結婚資金に丹精をこめて蓄えていた。  当時、私は自宅の建築や ...

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わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(41)

 6 在伯沖縄青年協会の創立と  在伯沖縄産業開発青年隊代表の派遣移民青年隊の海外移住が実現したその実態を語る前に、「鉄の暴風」によってやきつくされて敗戦の虚脱状態の中から一部識者の呼びかけに応えて、部落あるいは村の青年団が結成されるようになり、間もなくして地区・沖縄全体の青年連合会(略称沖青連)が組織されていった。その活動と歩 ...

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〃8人の侍〃荒木さんが本=ダム人生をコラムで綴る

『ブラジルのダムと五十年』

 イタイプーダム建設を救った〃8人の侍〃の一人、荒木昭次郎さん=ミナス州ベロオリゾンテ在住=が、コラム集『ブラジルのダムと五十年』(日毎叢書企画出版)を7月に刊行した。  2011年から『楽書倶楽部』に投稿してきた30本をまとめたもの。この8月で渡伯55周年になる荒木さんは、南米産業開発青年隊を通して63年に移住して以来、ブラジ ...

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わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(40)

 言葉は全然話せないままウチナーグチで手まね足振りしながらなんとか務めをはたした。  ところで、母にとっては偶然ながら6人の従姉妹がブラジルにいた。サンパウロの仲本の祖父さん、カミロポリスの玉那覇のばあさん方、ウッチンガの大田、パーリキ・ダ・ナソエスの照屋と大田のばあさん方で、皆戦前移民であった。  そして、いつも週末、月末にな ...

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わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(39)

 しかし、私にとってはまだブラジル一年生で生計も充分でないこれからという時代(1963年頃)だった。ところが先輩移民のこうした要請を蔑にすることは、特に青年隊移民で世話になって移住した自分にとって無礼は許されず、家族を説得し時々参加せざるを得ない立場となった。  ところが時を同じくしてわが住宅の建設も始まり多忙を極めていた。しか ...

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わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(38)

 同氏は市内中央区の自分の家でキタンダを経営しながら安定した生活を営み、日系人から生活上の依頼や要請があればそれに応えてくれる世話好きな性格と寛容さで、市内に住む県人たちからの信望を一身に受けていた。  1955年に在伯沖縄県人会サント・アンドレー支部が創立された際には、その中心的立役者となって奔走した。同氏は昭和8年(1933 ...

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ピンドラーマ=8月号

 コジロー出版社のブラジル情報誌『ピンドラーマ』8月号が発刊された。  「移民の肖像」ではパラー州サンタレン市在住で、日本食レストランを経営する岡田夫妻の半生を描く。妻ハマ子さんは54年にゴム採取のため家族で渡伯したものの、数カ月働いた後に「仕事は今日限り。ここから出て行ってくれ」と言い放たれ、仕事を求めて転々と移住することにな ...

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わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(37)

 それで義弟実のフエイラに合流し共同でシヤカラ(農園)を経営することにしたのであった。それが大変好調であり約4ヵ年間も継続した。家族総出で植えつけた蔬菜の稔りを夜も明けぬ前から摘み取り、荷馬車に積んでフェイラで売りさばく労働は、働けば働くほど充実した結果をもたらした。  このような中で、姉のトヨ夫山城茂雄一家7名、及び妻千枝子の ...

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わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇 =(36)

 幸い小柳さんの鶏舎作りの手法を学びブラジル人耕地のユーカリ樹を買い受け伐採して家の柱に、更にボルクスワーゲン社工場より廃材の箱板をもらい受けたり、氏の手厚い厚意と支援で事はスムーズにはこんだのであった。謂いようのない感謝の毎日であった。しかし奥地で一農年働いて貰った6コントスだけが手持ち資金でありこれではどうにもならない。   ...

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わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(35)

 しかし自分自身商売は全然経験がないばかりでなく農業移民でブラジルにきて町住いとは道理が合わないとばかり思っていた。それでも呼び寄せ手続きが出来たので2週間程、義弟実のフェイラ現場を見たりしていると、県人移民のかなりの人々がフェイラに従事していることに驚いた。  しかしこの地球の反対側でウチナーぐちをはりあげてお客と対応し、当然 ...

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