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山本喜誉司と護憲革命=家族が語るコロニア秘史

 「今回語ったことの多くは、家族しか知らなかったことです」。2時間半にわたる取材の最後に、山本喜誉司(1892―1963、東京)の二男の坦カルロス(たん、88、北京生まれ)はそう付け加えた。ブラジル国家の背骨を作ったといわれるヴァルガス政権初期に起きた、伯国史最大の市民戦・護憲革命から数えて、この9日で80周年となる。笠戸丸から24年、1932年9月下旬、連邦軍と聖州軍は東山農場を挟んで対峙し、最後の激戦を繰り広げた。今年11月に創立85周年を迎える日系最古の企業の一つ、東山農場がブラジル史に残る貴重な歴史的舞台となった瞬間だった。その時の農場長・山本喜誉司は、戦後に聖市400周年や文協創立をはかり、日系社会統合をなしとげた。知られざるその家族史を聖市の自宅で坦に聞いた。

山本喜誉司と護憲革命=家族が語るコロニア秘史=(4・終)=〃光は東方より〃と叫びたい

ニッケイ新聞 2012年7月7日付け  護憲革命で連邦軍が近づき、東山農場内に陣地をはっていた聖州軍がカンピーナス市方面に後退した時、興味深い光景がくり広げられた。山本喜誉司が書いた『農場で見た千九百三十二年護憲運動記』には、こうある。  【逃げ腰になっている弱い兵隊サンだけに一層哀愁の念も起る。たとえ弱い兵隊サンでも我が州の兵 ...

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山本喜誉司と護憲革命=家族が語るコロニア秘史=(3)=ヅットラ大統領との奇縁

ニッケイ新聞 2012年7月6日付け  1930年3月、長女・謡子が腸チブスで亡くなったことが、山本に永住を決意させる一因となった。「父は最初、農場経営のために一時滞在のつもりで来た」と坦はいう。山本は伯人のポ語教師をつけてすぐにペラペラになり、全伯有数の専門機関だったカンピーナス農事研究所の学者や幹部と親交を深め、ブラジルが気 ...

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山本喜誉司と護憲革命=家族が語るコロニア秘史=(2)=銃雨の中で日伯旗立てる

ニッケイ新聞 2012年7月5日付け  東山農場を挟んで両軍が対峙したその時——。 【9月27日=本部に據(よ)れる(聖州軍)一隊午後9時退却、本部の前方1キロメートルにある牧草地Anhumas No.1高地に據(よ)る。ここに本部は全く両軍の間に介在す。本部広場にはブラジル並びに日本国旗を掲げ中立を表示す。(中略)連邦軍はPo ...

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山本喜誉司と護憲革命=家族が語るコロニア秘史=(1)=東山挟んで撃ち合いに

ニッケイ新聞 2012年7月4日付け  「今回語ったことの多くは、家族しか知らなかったことです」。2時間半にわたる取材の最後に、山本喜誉司(1892—1963、東京)の二男のカルロス坦(たん、88、北京生まれ)はそう付け加えた。ブラジル国家の背骨を作ったといわれるヴァルガス政権初期に起きた、伯国史最大の市民戦・護憲革命から数えて ...

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