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新米記者の体験レポート=今、YOSAKOIソーランが始まる=(中)=仲間や会場との一体感=自分の中の〃日本人〃再発見

6月6日(金)

 両足を広げて網を引くソーラン節独特の姿勢や、鳴子を持ちながらうった網を回収する姿勢をとるうちに、股関節が大きく広がり、汗がにじんできた。
 日本YOSAKOIソーランのルールは基本的に二つ。「手に鳴子をもって踊ること」、「曲のどこかにソーラン節をワン・フレーズ以上とり入れること」。参加するチームそれぞれが、衣裳、音楽、振り付けを創作する。ただし、今回の伯国第一回大会は、日本の振り付けを参考にしているチームが多い。
 「あなたがサエキですか?」。五月十六日金曜日午後七時過ぎに、北海道協会玄関ホールで長身の青年に声をかけられた。六月から北海道に留学する、古城・サントス・ジェロニモ君だ。技術研修員として留学するとあって、比較的流暢な日本語を話す。前回が空振りの取材に終わったため、今回もそろそろ帰ろうと思っていた矢先のことだった。
 同協会の「ヒグマ会」は、九一年に結成された青年部。金曜日と土曜日が練習日、この日は十五人ほどが参加していた。ヒグマのYOSAKOIは清田志津子さんから始まる。〇〇年、日本から帰国した知人に踊りを教わり。その後、清田さんは、北海道の番組ビデオなどで振り付けを指導した。
 清田さんは「この踊りを始めたきっかけは、北海道の祭りというのが大きい。従来の日本文化が持つゆっくりとした雰囲気ではなく、若々しさを持つのがこの踊りの魅力。そこが、若者をひきつけているのでは」と、語った。
 始めに、十五人ほどの演舞を見る。何人かそろってない人が居るものの、手に持った鳴子の音が、想像以上に耳に響く。かつては鳥を追い払う道具として使われた鳴子は、はるかブラジルでも使われる。
 午後八時、しばらく取材をした後で、練習に参加させてもらう。手に、鳴子を持ち新入りの私を含めて六人が、見よう見真似で鳴子を振る。
 初めてにしては、私を含めた日本人三人はスムーズに体が動く。日本をルーツとする踊りだけに、体が覚えやすいのだろうか。ブラジルで、自分の中の〃日本人〃を再発見する思いだ。
 何回か予行演習した後で、すぐに「さあさみんなでどっこいしょ」の曲に合わせて踊り始めた。すぐに、「どっこいしょ!どっこいしょ!」と、大声で合わせるのが心地よい。結局、四回ほど踊り、久しぶりにシャツが汗で貼りつく感覚を味わった。午後九時には練習が一旦終わり雑談をする。「来年は、全部自分たちで用意して、大会に出場しようと考えている」と、額に汗をにじませながら土本香織さんは展望を語った。練習は、私が帰った九時半頃にも続いていた。
 五月二十五日の北海道祭り。満杯の会場で、青と赤のハッピを着た青年が踊る。踊ろうと意気込んできた私は、前日の夜遊びのために寝坊で遅刻・・・。結局、ステージ下から眺めるだけだった。遠くで、子どもが見よう見真似で、踊りを真似する。
 踊りと掛け声を合わせる事で生まれる、仲間との一体感。観客との間に生じる一体感。それが、この踊りの魅力だと感じた。今、YOSAKOIソーランが始まる。

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