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生演奏、ベテラン歌手慰問=厚生ホーム時ならぬ華やぎ

12月4日(木)

 十一月三十日の昼過ぎ、平均年齢八十歳を越える五十五人の人たちが待つサントス厚生ホームを、生演奏の楽器を携えたベテラン歌手の一行が訪問した。八十九歳の丸山昌彦さん(福島県出身)が会長をつとめるブラジル芸能協会の一行だった。サンパウロ市から貸切りバスを仕立てての慰問旅行だ。
 サントス厚生ホームが開設されたのは一九七四年。当時は、バラック小屋のような施設であったが、丸山さんは最初の年から毎年のように、日本やブラジルの芸能人を連れて慰問に出かけてきた。
 現在のような建物になったのは十二年前のこと。斎藤伸一ホーム長(北海道)によると、五十五人のうち、二十八人が女性で、九十九歳の最高齢者を含め十二人が九十歳以上という。また、三十八人が戦前移住者だ。サンパウロ日伯援護協会理事で、サントス厚生ホーム経営委員会副委員長の遠藤浩さん(福島県)が一行をホーム入居者に紹介した。
 数ある慰問団の中で生演奏演出の記憶がない(斎藤ホーム長談)というほど異例の慰問となった。羽田宗義さん(愛知県)の軽快な口調の総合司会で、ベテラン歌手たちが「島のブルース」「おぼろ月夜」「東京エレジー]「この世の花」「津軽海峡冬景色」「長崎ものがたり」「浜千鳥」「山かげの道」「下町の太陽」「湖畔の宿」「誰か故郷を思わざる」「憧れの郵便列車」「旅の夜風」「千曲川]「高原列車は行く」など往年の名曲十四曲を披露した。
 歌に合わせて肩を寄せ合いながら踊るホーム入居者もおり、その姿は青年に戻ったように生き生きしていた。九十歳という末藤寿太さん(号は保城、岡山県)は「長生きはするもんだネェ、今日は久しぶりに感激したよ。ワシは口の悪い保城と言われてきたが、今日は心底感激した]と言えば、三浦たま子さん(八十歳、東京都)は「ついつい元気が出て踊ってしまった。ぜひ、来年も来て欲しい」とエールを送った。
 「生の演奏が聞けるとは思わなかった。体の芯まで甦るような感動を受けた。今回だけでなく、移民百周年までは毎年来て欲しい」という声も多く聞かれた。
 九十一歳の佐藤次春さん(熊本県)は朝四時に起きて、会場の椅子を並べて、わくわくしながら時間が来るのを待っていた、という。最後に全員で「ふるさと」を歌い、九十分がまたたく間に過ぎた。サントス厚生ホームでのひと足早いナタールの佳き日であった。

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