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『島唄』の宮沢さん来伯=100周年はカイピリーニャで祝杯=8月8日にSESCで公演

7月30日(金)

  「二〇〇八年を記念してテーマソングを作れと言われたら、何が何でも作ります!」。日本の有名ロックバンド「ザ・ブーム」のリーダー、宮沢和史さんの記者会見が二十九日、ブラジル日本文化協会で行なわれた。百五十万枚を売り上げた大ヒット曲『島唄』を引っさげて、八月八日にブラジル三回目のライブ・コンサートを開くために来聖した。
 六年ぶりの公演は「非常にうれしく、気合いが入っている」という宮沢さん。ブラジルに注ぐ情熱は熱い。来伯回数は十年間で二十回以上。移民百周年祭はカイピリーニャで祝杯をあげたいとブラキチぶりを見せる。「音楽家として一緒に喜び合いたい。皆さんと一緒に、皆さんと歌える作品を作ることが僕の幸せであり夢です」と熱いメッセージを送った。
 宮沢さんはブラジルだけでなく沖縄との関係も深い。先の大戦の沖縄戦を背景にした男女の別れや悲哀を描いた『島唄』は、アルゼンチンや中国、イギリスなど国境を越えて唄われる大ヒット曲になった。
 「二十万人が亡くなった沖縄戦を、僕らは習わなかった。その話を聞いた時、知らなかった自分を卑下して落ち込みました。取材を進める中で、激戦地の地下壕の外にあるサトウキビ畑での別れを描く『島唄』が生まれました」という。さらに「海の向こうの楽園、ニライカナイという考え方、そしてその沖縄から多くの移民が実際に海を越えた」とも語った。
 ブラジル人ミュージシャンも日本のコンサートで『島唄』を取り上げるなど注目されている。「聞く人が自分の人生やストーリー、サウダーデを込めやすい歌だったんでしょうね」と分析する。
 二〇〇一年十一月にはリベルダーデで沖縄民謡研究会の会員らと出会い、彼らの望郷の念を直接聞いた。「どんな本で移民史を勉強するよりも深い」と感じたという。
 子どもの頃からボサノヴァの異国的なリズムに惹かれていたという宮沢さんは、八九年プロとしてデビュー。西洋音楽をコピーするだけの音楽に疑問を感じ、「英語圏の人には作れないものを」と探求、沖縄やブラジルの独特な音楽に行き着いた。
 「ブラジルはメロディー、リズム、ハーモニーの宝庫。どれをとっても音楽家として一回は通らなければならないもの」と、ボサノヴァ、サンバを生んだ国への思いは募り、九四年に初めて来伯した。
 今までにリオやサルヴァドールでもライブを行った。ブラジル音楽は宮沢さんに「歌う喜び、踊る喜び」を与えている。子どもから大人までみんなで合唱できる歌がブラジルにはたくさんあるが、日本ではどんどん失われているという。「みんなで分かち合える歌を作るのが、音楽家としての目標です」。
 今回のコンサートでは沖縄の伝統楽器・三線(さんしん)や中国の楽器・二胡も演奏する。ゲストはゼッカ・バレイロ、ルシアナ・メロ、ジャイール・オリベイラ、ディエゴ・フィゲイレードなどの豪華メンバーだ。今回のコンサートが成功すれば来年は中米で、との誘いもあるそうだ。
 「二〇〇八年へ向けて、まずは今回のコンサートを成功させたい」と語った。「宮沢和史・イン・サンパウロ」は八月八日午後八時半から、サンパウロ市のSESCポンペイア(ポンペイア区クレーリア街93番)で開催される。チケットは十五レアル(学生は半額)で、SESC各窓口や文協で販売中。

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