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南米移住史を日本の教科書に!=子どもに何を伝えるか(4)〃新世界建設〃に参加して=異文化接触のモデル示す

11月4日(木)

 サンパウロ人文科学研究所の元所長、宮尾進さんは「今では穀物生産の五〇%を占めるセラード地帯の開発も、コチア組合がミナス州政府と組んで始めたもの。それまでは誰も見向きしない不毛の地だった。そのような点を取り上げれば、移住の意義が見えてくる」と語る。
 ブラジルの農業は元々、コーヒーやサトウキビに代表される大規模プランテーションが中心だった。「日本人が集約農業を持ち込み、狭い面積にいろいろな種類の作物を植える農業を広めた。この点で高い評価を受けている。サンパウロ近郊に始まり、パラナ州や内陸部にまで広がっており、ブラジル人の食生活を豊かにしてきた」。
 「海外に出た人は、異文化接触のモデル的な存在だ。梅棹さんが言うところの〃新世界建設〃に参加しているわけだ。ブラジル発展に寄与した日本移民の功績は大きいわけで、同時に、日本人の異文化接触の先駆けとなってきた。日本は今、国際化の時代で外国人も増えているが、南米の移民は百年も前からそれを体験してきている。そこに学ぶ点があるのではないか」と意義付ける。

《移民史の解釈の難しさ》
 移民が持つ祖国への想い、郷愁には格別なものがあり、そこから日本の人には理解しがたい心情が生まれることもある。
 ブラジルでの年月が長いほど、当地の価値観を身に付け、日本語で話す内容にもそれを反映させる。身の回りにはドイツ系子孫、イタリア系、ユダヤ系など、多種多様な民族性を身に付けた友人がおり、「民族」という言葉一つとっても日本国内とは別のニュアンスを持つ。つまり、同じ日本語をしゃべっているようでも、日系人のそれは、日本国内のそれとは別の背景やニュアンスを持っていることがあり、日本在住者の常識で読み解くと誤解する恐れがある。同じことが多民族系子孫と本国の間にも生まれている。
 移住することは、よその国で少数民族として生活することだ。お互いの文化・思想・生活習慣への前向きな理解なくして良好な関係は保ちえない。同じことが、日本国内でも今起きている。在日外国人をどう理解し、どのように付き合うか。それはまさに日本移民が体験してきたことの裏返しだ。
 文化や宗教、思想は相対的なものであること、国や場所が変われば価値観・世界観さえも変わりうることを、日系人は異文化接触の日常から学んでいる。宮尾さんは「移民史の持つそのような点は、教科書に入れてもいいことではないか」と主張し、「移民史の詳細よりも、そのような意義を中心にした方がいいのでは」という。
 同時に、教科書に移民史が掲載されることは、デカセギ日系人子弟が自分のルーツに関する情報を学校で学ぶことでもある。永田さんは「移民史が持つネガティブな側面を隠す必要はないが、ポジティブな部分とのバランスへの配慮は大事でしょうな」という。万が一、学校の場でネガティブな色彩の強いものとして移民史を読み解いた時、出自への劣等感を醸成するなど人格形成への悪影響は計り知れない。
 今回の取材を通して感じたのは、移民のほとんどは今まで教科書に記述がなかったことを嘆いており、今回の特集がきっかけとなってこの取り組みが盛り上がり、実現されるのを望んでいることだ。加えて、移民自身は誇りを持って新世界という異文化接触の最前線を切り開いてきた矜持をもっており、その辺のバランスを配慮した記述をもとめている。近代史の中で、どう日本人ブラジル移民史を読み解くか。そこには微妙な問題を多くはらんでおり、異文化接触などに関する文化人類学的考察、コロニアを理解する社会学な視点、南米近代史に関する歴史学の知識など、様々な学際的専門家の協力が不可欠ではないだろうか。
 終わり(深沢正雪記者)

■南米移住史を日本の教科書に!=子どもに何を伝えるか(1)=「忘れられたら困る」=山田長政はあるのに・・・

■南米移住史を日本の教科書に!=子どもに何を伝えるか(2)=肯定的な部分を強調して=苦労話、自虐史観でなく

■南米移住史を日本の教科書に!=子どもに何を伝えるか(3)=移民の貢献大のブラジル=棄民意識は一般的でない

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