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コラム 樹海

 モジ管内イタペチの、芳賀七郎さんが造成中の「花の森」を見てきた。森は、四年目で、完成途上にある。一年中、遊歩しながら花が見られる森づくりで、現在、自身の好み、専門家のすすめを容れながら樹木を五千本余植えている▼芳賀さんが、森をつくろうとした理由は、近く百年を経る日本移民がこれを残した、という実体をものにしたいから、である▼「サンパウロ市には、日本人街が実体として残らなかった」は、芳賀さんの言葉だ。東洋街と呼ばれる前に、日本人街といわれたガルボン・ブエノ街やリベルダーデ広場で、日本人移民とその子孫は、限られた年月、商いはした。しかし、今、わずかの人が商店を経営しているだけで「日本人が残した」といえる実体がないというのである▼芳賀さんは、仕事を積み重ねて、そこに土着しなければならないという。土着して「残す」のである。「森」の造成は、土着したからできる事業で、将来誇って残せると強調する。子孫も「観光農業」の一環として継いでくれる見通しがついているようだ▼イタペチは、芳賀さんが四十七年前、コチア青年として配耕された土地だ。他所に動いたことはない。当時化学肥料の使い過ぎで、土壌は痩せ果て草地化していた。そこでパトロンから馬を借りてきて起こし、堆肥を入れて西瓜をつくった。「あの新来、何をやるんだ」と蔑みの目でみられた▼そういう縁のある土地で、今度は「森」づくりである。「私は、私の発祥の地にいる」。本当に愉快そうだ。(神)

 05/5/25

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