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ピラール・ド・スル入植60周年=文協=敬老会兼ねて祝う=先駆者たちには感謝を=次世代には応援を

6月16日(木)

 ピラール・ド・スル日伯文化体育協会(南満会長)の邦人入植六十周年記念式典が去る五日、第二十七回敬老会を兼ねて当地文協会館で行われた。ピラール・ド・スル市に邦人が入植したのは一九四五年で、長浜、東郷、山畑の三家族から歴史が始まった。最初の邦人入植者としてこの町に足を踏み入れた一人である長浜ふでさんは、最高齢者でちょうど百歳だ。
 午前九時から開拓先没者慰霊祭が行われ、引き続いて式典。来賓者としてピラール市長や議長をはじめ、市の各部局の代表者も出席し、文協と市の緊密な関係がうかがえた。
 七十歳以上の高齢者は七十九人。全員が顔をそろえることはできなかったが、それでも五十名以上が元気な姿を見せた。
 祭典委員長の南満会長は高齢者へ敬意を込めつつ、「これからの二十一世紀を担う若い人達を、スポーツ、教育、日本文化を通じて、育成したい。若い人達には継承してほしい」と述べた。
 続いて上芝原初美婦人会会長は「入植された当時は、何事にも負けないぞ、という根性と忍耐力の連続だったと思います」と高齢者の苦労をねぎらい、「これからは一世から二、三、四世へとバトンタッチしていかなければ。ぜひ、日本文化を継承していってほしい」と若い世代に言葉を贈った。
 日本語学校生徒代表、中村ともいち君は「僕は三世ですが、日本語とポルトガル語、二つの言葉を使うことができる、すばらしい教育を受けることができました。僕達三世、四世は未来のピラール・ド・スルのために、しっかり学んでいきたいと思います」と力強い挨拶をした。
 邦人入植六十年の歩みを述べた後、高齢者に記念品として紅白の餅、プロポリス、日本語学校の生徒達が作ったプレゼントなどが贈呈された。記念撮影の後、乾杯があり昼食。婦人会が心を込めて作ったお弁当が振舞われた。
 演芸部や太鼓部、日本語学校生徒・教師・母の会などによる余興が行われた。
 中村あきのり君(17)をリーダーとする太鼓部は、発足してまだ二年。年少者ばかりだが、日頃の練習でめきめきと上達し、昨年よりも腕を上げた演奏を披露。躍動感溢れる演奏に日本の伝統文化の力強さが感じられ、高齢者らも感心し大喜びだった。
 日本語学校のだしものは、合唱、合奏、劇、踊り、コントなど九つが用意され、おじいちゃん、おばあちゃん達は自分の孫達の発表を温かい目で見守っていた。幼稚園のお遊戯「むすんでひらいて」では、そのかわいらしく愛らしい動きに自然と笑みがこぼれた。
 「ソーラン節」の踊りは、紅白の衣装に身を包んだ小さい子供達が生き生きと披露。今年三年目であり、振り付けをより複雑に変更したが、見事にそろった踊りは躍動感あふれ、力強さ・元気さが伝わってきた。大人、子どもを問わず会員の多くが訪れ、満席となった会場からは大きな拍手が起こった。
 母の会と日本語学校教師も参加し踊りを披露。夜間、会館に集まり婦人会に教わって練習したということで、「秋田節・ジルバ」と二曲を無事踊り終えると、安堵の表情を浮かべた。
 阿部勇吉演芸部副部長の「これからの文協を支えていく日本語学校の生徒や若い人を応援しましょう。みなさん、来年もまた会えるのを楽しみにしています」と挨拶し散会した。
 六十年前に入植してからこれまで頑張ってきた先駆者に対する感謝・敬意、これからの日系社会を担う子供達に対する応援・期待が文協全体から伝わってくる記念式典であった。

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