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コロンビア日系ピメンタ初収穫=零細農の永年作物となるか=苗木はベレン近郊から=91年、高倉農場が協力

2005年12月13日(火)

 コロンビアの太平洋寄りにあるカウカ平野で黒胡椒(ピメンタ・ド・レイノ)の初収穫に成功した。成功したのは新地学さん(宮崎県出身)と矢部金作さん(北海道)で、今期それぞれ四十一キロと二十五キロを収穫した。苗木は二〇〇一年九月、ブラジルのアマゾン河下流のベレン近郊にある連邦政府公認の育苗場からもたらされたものだ。
 コロンビアへの日本人移住は今年十月、七十五周年を迎えた(本紙・十一月二日報道)。コロンビア日系人協会(会長・町田栄、新潟県)は移住七十周年を迎えた一九九九年に、コロンビア国民への報恩の一環として、米州開発銀行(本部・ワシントン)の無償資金協力を得て、零細農民に対する営農指導プロジェクトを立ち上げた(本紙・九九年十一月二十七日既報)。
 ほぼ同じ時期にオイスカ・ブラジル総局(会長・高木ラウル)が米州開発銀行の無償資金協力を得てメルコスル諸国(アルゼンチン、ウルグァイ、パラグァイ、ブラジル)の農村青年研修プロジェクトをサンバウロ市近郊にあるコチア農業学校で始めた(本紙・九九年十二月四日既報)。
 このような縁があり、零細農家に対する営農指導の一助となるであろう永年作物としてのピメンタの導入を検討していたコロンビア日系人協会が、オイスカ・ブラジル総局に日系栽培者の紹介を打診してきた。その結果、白羽の矢が立ったのがベレン近郊サント・アントニオ・ダ・タウアでピメンタ栽培をしている新潟県出身の高倉道和さんだった。胡椒の収穫時期に合わせて、コロンビア日系人協会の柴田稔さん(愛知県)ら二人が二〇〇一年九月中旬に高倉農場を訪問した。そして、二人の手によってブラジル連邦政府公認の苗木がコロンビアにもたらされた(本紙・〇一年九月二十九日既報)。
 コロンビアでは胡椒栽培の記録がなく、年間千五百万ドル相当の胡椒(製品)が輸入されていると言われている。持ち帰られた苗木は日系六農家に委託されて試験栽培が始まった。その中核的存在となっているのが新地学・矢部金作さんで、二人は外務省の第一期海外農業実習生として一九五七年にコロンビアに派遣された同期生でもある。「まだ試験の段階だが、当地(カウカ平野)の気候では胡椒が年間を通して収穫できそうだ」と言う新地さんの表情は明るい。
 国境を越えた日系移住者同士の協力が芽をふき出していることを象徴するひと言だ。カウカ平野は周囲を山に囲まれているが、標高平均千メートルで、温暖で雨量も比較的多く、そのような気候がピメンタに適しているのかも知れない。国内需要はあるが、エクアドルからの密輸入品が市場価格を崩しているため、今は〃我慢の時期〃(矢部さん)だ。
 光と影が交錯する中で、コロンビア日系人協会による零細農家に対する永年作物の栽培普及という新たな試みが始まろうとしている。

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