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西林万寿夫さん特別寄稿=我らが大植英次サンパウロ響を振る

2006年3月22日(水)

 当地へ来て半年余り。週末の楽しみとしてサンパウロ交響楽団演奏会通いが定着したが、一月と二月は夏休みで寂しい限り。三月になって活動が再開され、幕開けのヴェルディの「レクイエム」で渇を癒し、第二週目(三月十七日)は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの日本人指揮者大植英次の棒振りを堪能した。
 大植氏を簡単に紹介すると、一九五七年広島生まれ、桐朋学園を卒業後、米国でバーンスタインや小澤征爾に師事、九五年にミネソタ管弦楽団の音楽監督になり頭角を現した。二〇〇〇年には独のハノーファーに拠点を移し、三年後には大阪フィルの音楽監督に就任した。昨年七月には日本人として初めてワーグナーの聖地、独のバイロイトで行われる音楽祭に登場し、楽劇「トリスタンとイゾルデ」を振り成功を収めた。なおサンパウロ響出演は二〇〇〇年に次いで二度目である。
 私が大植英次を聴くのは八年ぶりである。前回はニューヨークのカーネギーホルでミネソタ管弦楽団を指揮した演奏会。当時遂に小澤征爾の後継者が現れたとの感想を持った。そして今回のサンパウロ響との演奏会を聴いてその意を強くした。 今回の演目はベートーベンの「レオノーレ序曲第三番」、ペルー人若手チェロ奏者ボホルケスをソロイストとしたハイドンのチェロ協奏曲第一番、そしてマーラーの交響曲第一番「巨人」といったドイツものであった。
 「巨人」交響曲はマーラーの十曲の交響曲の中で最も短い(といっても全曲五十分)事も手伝って一番人気が高い作品である。一般に濃厚な味付けを施した解釈が多いが、大植の演奏は爽快さという点でユニークな地位を占めるものであった。小澤征爾によるマーラーもすっきりした解釈が際立っているが、実演も録音も何か肝腎なものが足りないような印象を常に受ける。これに比べ大植のマーラーは面白さで小澤の上を行く。中でも「動物達による葬送行進曲」と題された第三楽章の辛口な表情が出色の出来。終楽章の終結部の追い込みも凄まじかった。
 それに大植のダイナミックなアクションは見ていてこの上なく興味深い。見て楽しめる指揮者は時々いるが、大植もその一人である。大植は小柄な人であるが、この体からよくもこれだけのエネルギーがほとばしり出るものだと感心してしまう。
 サンパウロ響もこの指揮ぶりに応えた大熱演を繰り広げた。終演後はブラボーの渦。聴衆は熱狂し総立ちとなった。間然するところがない演奏への称賛が、この小柄な日本人指揮者に対して惜しみなく贈られた。最近の日本人は昔に比べて元気がなくなったと言われているが、音楽会にはこうしたパワーを炸裂させる日本人が存在する事をパウリスタも認識した事であろう。
 演奏会の翌日、大植氏と会ってお話する機会を得た。芸術家ぶったところが皆無のザックバランな人柄で、情熱を込めた話しぶりは指揮と共通するものであった。今シーズンからスペインのバルセロナ交響楽団の常任指揮者に就任するとの事。更なる活躍を期待したい。また近い将来、サンパウロに戻って三たびバイタリティ溢れる演奏を披露していただきたいものである。(筆者はサンパウロ日本国総領事)

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