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◇コラム 樹海

読売新聞を率い巨人軍の創立者でもある正力松太郎氏(故人)が、講道館の最高位である十段だったらしい。嘉納治五郎が柔道を始めたのが明治15年。それから現在まで十段を貰ったのは僅かに15人しかいない。あの三船久蔵は軽やかに飛ぶような技を披露し佐村嘉一郎は’地味な「古式の型」を演じたのを覚えている▼東京五輪で神永昭夫を破り優勝したヘーシンクが若い頃に世界選手権で内股を返され畳に投げつけられるのを見たけれども、あの当時から日本の柔道も怪しくなってきたように思う。神永は高校時代も抜群に強く、講道館で24人も抜いて初段から3段に進んだ名選手であった。その神永が後年に「ヘーシンクは強い」と語っている▼近ごろはリオのグレイシ―柔術が注目され日本からも留学して学ぶ人が増えている。確かに格闘技の試合では強い。先ごろ来聖した日本の柔道選手団も、グレイシ―柔術と寝技を稽古したいと希望していたけれども、日程の関係からか実現しなかったのは残念だが、恐らく絞め技と逆技や固め技が得意なのではないか。講道館は「投げ技」が軸になってしまい、こんな技はどちらかといえば苦手らしい▼そういう観点からすれば、柔道選手団の斎藤仁団長が「寝技」に着目したのは正しい。戦前の柔道は、寝技を重く見て練習も厳しかったそうだし、今の柔道の見直しがあってもいいのではないか。勿論、華麗な投げは素晴らしい。背負い投げが決まったときの美しさは、ある種の芸術とも云えるし―払い腰もいい。これに絞めや寝技が入れば本物の柔道になり、技の幅も広がるのは確かなのだが―。(遯)

2006/09/20

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