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記者の眼――――刑法の司法共助協定締結を=両国で機運盛りあがる

2007年2月9日付け

 日本との国外犯処罰の初公判を担当するマルシオ・ルイス・サフーボ検察官は六日の会見で、「日伯間の裁判書類のやりとりを迅速にする司法共助協定の締結は不可欠だ」と強調した。
 折しも日本では、静岡県浜松市のブラジル人らで組織する浜松ブラジル協会(石川エツオ代表)が、両国政府に刑法の司法共助協定案を提案し、締結を要望したばかり。両国側で同協定に向けての機運が盛り上がってきたのは喜ばしい。
 ただし、日本側遺族には国外犯処罰(代理処罰)よりも、「日本で犯した罪は日本で裁かれるべき」と容疑者引き渡しへのこだわりが強い。その主張の根底には量刑の差がある。特に複数殺人事件などは死刑のある日本と、ないブラジルでその差は顕著だ。
 日本政府に犯罪人引き渡し協定をブラジルと締結することを求める遺族の願いは理解できるが、かなり複雑な問題をはらんでいる。
 今件に理解の深いサフーボ検察官ですら、記者団から「被告を日本へ引き渡すことはありえるのか」と問われ「ありえない」と答えた。ブラジル憲法の基本原則に反するからだ。
 伯日比較法学会の渡部和夫理事長(USP法学部教授)は、「自国民を外国に引き渡さない」という基本原則は一九三四年の憲法から決まっており、「今後も引き渡しはありえない」と強調する。
 その代わりにブラジル刑法では、ブラジル人が外国で犯した罪をブラジル国内で処罰できる規定を一九四〇年から設けていると解説する。
 この基本原則に関わる憲法改正はありえない、それは新憲法を作るのと一緒だという。
 いくら遺族の気持ちとはいえ、個人が外国政府に対して新憲法を求めるのは現実的だろうか。逆の立場になれば分かりやすい。ブラジル人が日本政府に新憲法を求めて、日本国民は容易に認めるだろうか。
 ただでさえ二国間外交は、いろいろなレベルの問題を抱えているし、優先順位は個人と一緒ではない。
 ただし、「逃げ得」は許されない──という気持ちは両国とも同じだ。将来の国外逃亡者を減らす予防効果を考えれば、国外犯処罰制度を積極的に活用整備し、両国マスコミの協力で逃亡者にとっての居心地のよい場所をなくすことが、最優先事項ではないか。
 「引き渡し」という原理原則に拘るあまり、結果的に司法共助協定が遅れるのであれば、逆効果だ。
 今回のひき逃げ死亡事故は九九年に発生し、日本当局から国際刑事警察機構(ICPO)を通してブラジル当局に依頼があり、〇一年に所在確認や供述調書が行われた。
 その後、ブラジル検察当局は日本の書類到着をずっと待っていたという。
 昨年、日本国内での「犯罪人引き渡し協定の締結と代理処罰制度」に関する署名活動の高まりに後押しされ、今年七月の時効に間に合うようにと書類が到着したのが昨年十二月。一月には起訴され、二月に初公判となった。
 事件発生からは七年半かかったが、その間ずっと手続きをしていた訳ではない。この制度がもっと早くから知られ活用されていたら、帰伯逃亡への抑止力になっていたかもしれない。
 どこに時間がかかるかと言えば捜査書類のポ語訳に加え、両国の関係省庁を通過する諸手続きだ。これを簡便にする司法共助協定が必要とされている。
 ところが、ブラジル側は今回のような刑事だけでなく、民事の協定なども抱き合わせで交渉テーブルにのせたいとの意向のようだ。
 約八十会員がいる「デカセギによる放棄家族会」(モジ市)はフラビオ・アルンス上議を動かして、日本との民事協定を締結するよう圧力をかけている。
 これは、留守家族へのデカセギ送金が止まった場合の扶養義務放棄の民事裁判による「毎月にいくら払え」という判決が、カルタ・ロガトーリオ(外国裁判所への通達)として日本へ送付されても、被告からは「なしのつぶて」の場合が多いとの事情を反映している。
 この件は逆に、一九七五年にニューヨークで締結された民事司法送達に関する国際条約に、ブラジルが加盟すれば解決するとの話もあり、いずれにしても調査や交渉に時間のかかりそうな案件と思われる。
 デカセギ問題に詳しい佐々木リカルド弁護士も「刑事と民事を一緒にした協定にすると時間がかかりすぎる。刑事問題は時効もあって急ぐ案件が多いから、別々に進めた方が現実的では」と語っている。
 「逃げ得」は許さないという原点に戻って、両国民が受け入れられる現実的な着地点を模索する必要があるのではないか。 (深)

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