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老ク連「開拓の記憶」=〃ふるさとの旅〃へ=連載(3)=リンス、〃寺〃が元気=若者が集まる、親も安心

2007年5月24日付け

 カフェランジア、プロミッソンでの墓参りを終えた老ク連一行は、再びリンスへ向かう。リンス慈善文化体育協会(安永和教会長)の好意により、参加者らと文協の会員らが交じって、カラオケで交流する場が設けられたからだ。
 文協サロンでは別の予約があったため、一行は、真宗本派リンス本願寺(岡山智浄住職)にとおされた。現地文協から五十人近くが集まり、一行を迎える。
 「行くことを知らせたら、『全部こっちで用意します』って。本当にありがたいことだった」と、上原玲子老ク連事務局長はリンスでの歓迎ぶりを何度も喜んでいた。
 智浄住職は、「時代は三世、四世と変わってきましたが、ふるさとは後世にとっても、やはりふるさと」。先達者が後に伝え、後者は先達者を尋ねなくてはならないことを説き、「今日、みなさまは〃尋ねること〃をしました。これから、後世に伝え教えていってください」とあいさつ。その後、隣接するサロンで交流会が始まった。
 参加者らはサンパウロからテープを持ち込んで、地元メンバーと交互にカラオケを披露。文協老人会会長の仲野隆さんは「ここでもいつも歌って踊ってます」とほほえましそうに笑顔を見せる。毎年行われる、三線七都市老人クラブ・カラオケ大会(バウルー、ガルサ、マリリア、オウリーニョス、ツパン、バストス、リンス)も、今年で二十九回目を数えるという。
 カラオケの合間には、光輪青年会(寺の青年部)の面々による、華麗なよさこいソーラン。
 「お寺の日本語学校には百人くらい生徒がいるんですね。お寺だと親も安心するし、花も寄付もどんどん来ます」と仲野さん。寺が栄えるようになったのはここ十年くらいで、寺同士のつながりを通じて踊りの指導者を呼び、教室を開いて、婦人部や青年会をまとめているという。
 一方、文協の日本語学校は生徒がおらず、活動停止状態。仲野さんは「岡本さんはやり手だからね」と苦笑いを見せながら、「日系のリーダーを残すにはやり手が必要。文協は文協でやれることをやります。いつもお寺と文協は一緒にありますから」。文協では、運動会や母の日、農産品評会などを行い、〃日本文化的〃な部門は指導者不足から、寺が中心になっていると、説明した。
 昨年、入植九十周年を迎えたリンス。百周年祭の予定を尋ねると、安永文協会長は「文協と市が話し合って、二つのプロジェクトを進めています」。
 一つは、文協にある資料館を拡張する。貴重な地域の保存資料はその数、一千点以上。六、七年前に自発的に委員会を発足させ、一軒、一軒尋ね歩いて、資料を集めた。「今、残さないといけませんよね」と安永さん。
 二つ目は、記念碑を市の広場に作る計画がある。「(正式な)百周年委員会はこれからですけどね」。
 舞台は続き、夜は更け、最後は皆で大きな輪をつくって、盆踊りで締めくくる。一行は、リンスでの歓迎に感謝を述べ、会場を後にした。ようやく長かった一日が終わろうとしていた。(つづく、稲垣英希子記者)

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