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アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(2)=示現流の右上段の構えから=ジャカレーの首の付け根へ…

2007年8月22日付け

 ◇鰐の話(2)
 今は(鰐皮の)なめしの技術が向上して、ジャカレー・チンガの皮も売れるようになったので、たちまち少なくなってしまった。
 私たちが着伯して何ヵ月かして入植した所は、前は水で、湖のようになっていて、乾季に水が退くと真中に一筋の川が残る。魚もよく獲れるが、仕事があるので、漁は仕事がすんでから、投網を打つか、夜、灯を手にして、片手に農刀を持ち、眠っている魚を斬って歩く。これが易しそうで、なかなかそうはいかない。少しでも刃筋が狂っていると、刃はすっと横に流れて、肝心の獲物を取り逃がす。
 何日かやっているうちにコツを覚えてうまく斬れるようになる。そのうちにジャカレーの眠っているのにぶつかった。水を動かさないように、下流の方からそろりそろりと近づく。ちょうどのところで両足を踏ん張って示現流の右上段、気合の充実してくるのを待って、首の付け根の脊椎の所を狙って「エイッ」と、気合もろとも一刀を振り下ろす。
 十分の手応えとみると、瞬時にぱっと一間ほど飛び退る。途端にバガバガバーッと、凄い水しぶき。振り回す尻尾を一発食ったら、臑(すね)の骨を折るか、ぶっ飛ばされるかしてひどい目に遭う。しばらくすると静かになる。緩やかながら水の流れがあるので、なお待っていると、濁った水は流されて、また元の澄んだ水に戻る。
 ジャカレーは、ジッとしている。身動きもしない。そっと近寄って農刀を下に突っ込み持ち上げてみるが、ビクリともしない。それなら大丈夫と近寄り、尻尾をつかんで引き上げ、肩に担いでズルズル引っ張りながら家に持って帰り、台所の前に放り出す。犬がワンワンと吠え掛かると、ガーッと口を開けるが、頚椎を断たれているので身動きできない。翌日皮を剥いで料理する寸法である。
 身動きできないだけで、まだ生きているので、肉は新鮮そのもの。白身で尻尾のところが最高。忙しいときは尻尾だけ切り取って、あとはまた水に放り込む。ピラニヤがきれいに掃除してくれる。肉も美味で海老と雉を合わして「二」で割ったような味と風味がある。煮てよし、揚げてよし、刺身にしてよし、である。その上、この肉を塩蔵する。肉がよく締まっていて、釣りの餌に好適である。一度これを餌にして、小一時間のうちに一尺ほどのタンバキーという鯛に似た魚を五、六匹釣ったことがある。
 余談であるが、ジャカレーに舌があるか、無いか?。使っていた女中にふっと聞かれて、ぐっと詰まった。女中はニヤニヤしている。「ハテ、あったかな」と思う。今まで何度もジャカレーを獲って食っているが、口の中まで覗いたことがない。「よし、ジャカレーをふん掴まえて舌があるか無いか見てやろうじゃないか」と、家に働いていた若者と二人で家の近くを流れている小川を調べる。
 アマゾン河の近くには一年近く居ただけで、このアレンケールの町から三十キロ入った所に入植中の話である。
 川を調べると、曲がり角の淵になった所の近くに、直径三十センチくらいの穴があり、その前の砂地に足跡と尻尾をひきずったあとがある。まだ新しい。「居る、居る」というわけで、鰐釣りの仕掛けにかかる。
 餌には、一昨日あたり、犬に噛まれて死んだ中びなの腐って蛆がわいている奴を使う。鰐釣り用の特大の釣り針を三本縛り合わせて錨状にしたのを中びなの死体でくるむ。それをさらに糸でぐるぐる巻きにして、崩れないようにする。それを水面上十五センチに調整して、川の上に突き出た木の枝に結び付ける。糸の何メートルかを輪にして、もっと太い木の枝の根元に置き、端を太い枝に結びつける。これで仕掛けは終わり。蛆がときどきポタリポタリと落ちる……。つづく(坂口成夫、アレンケール在住)



アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(1)=獰猛なジャカレー・アッスー=抱いている卵を騙し取る猿

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