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日系人は「善意の含み資産」=サンパウロ市=麻生外務大臣が来聖=文協で日系団体と懇談

2007年8月22日付け

 中南米を訪問中の麻生太郎外務大臣(日ブラジル会議員連盟会長)が十九日に来伯、二十日サンパウロを訪れた。現職外務大臣の来伯は一九九八年の小渕恵三大臣(当時)以来九年ぶり。同日夕方には文協ビル貴賓室で日系団体関係者との懇談会が行われ、サンパウロの関係者を中心に百人ほどが出席した。大臣はあいさつの中で、ブラジルで日本への信頼を築いた先人の貢献を称え、「百周年に向け、日伯関係は新しいものに変わりつつある」と将来への期待を表した。
 中東諸国、メキシコを訪問した麻生大臣は十九日にブラジルへ到着。同日リオを訪れた。
 二十日は午前中にインダイアトゥーバのトヨタ工場を視察。午後からカンピーナスの東山農場を訪れ、島内憲大使、西林万寿夫在聖総領事らとともに岩崎透同社長と懇談した。午後四時過ぎにイビラプエラ公園を訪れ、開拓先没者慰霊碑に献花した。
 その後、午後五時過ぎに文協を訪れ、ビル前の中庭で黄イペーの苗を植樹。史料館を見学後、貴賓室で日系団体関係者との懇談会が開かれた。来伯中の藤村修衆議(日伯議連事務局長)も同席した。
 上原幸啓文協会長は歓迎の言葉とともに「百周年に向けた日系社会の思いを汲み取り、引き続き支援・協力を賜りたい」とあいさつ。さらに「来年の百周年には政府代表としての臨席を希望します」と述べた。
 一九七〇年代に家業のブラジル進出にともないサンパウロに約一年間滞在した経験をもつ麻生大臣。あいさつの冒頭に「ブラジルへの思い入れはあった」として、「外務大臣在職中に来られたのはありがたい事」と、約三十年ぶりとなる来伯の感想を語った。
 セラード開発での大豆生産増加や、新作物の導入など日本移民の農業面での貢献を賞賛。「聞いていた話とは違って入ったのが普通だと思う」と初期移民の苦労をねぎらうとともに、「百年の長きにわたってがんばった一人一人の積み重ねが、今日の日伯関係につながっている」と、今日のブラジルで日系人が信頼を築いたことに敬意を表した。
 来年に控えた日伯交流年。日本側実行委員会の名誉会長をつとめる麻生大臣によれば、現在同委員会には百七十団体が参加しており、すでに八十の記念事業が認定されている。これはこれまで実施してきた各国・地域との交流年事業と比べてもかなり多いという。
 現在の日伯関係について大臣は、「アジアのようにとげとげしい所がない」と話し、中南米日系人の存在は日本にとっての「善意の含み資産」と発言。「この資産を生かさない手はない」と語った。
 さらに「この数年間見ていて、日伯関係はもう一度出直す時期に来ている」と位置付け。一例として日本のアニメ・マンガや音楽が、日系に限らず広くブラジルの若者世代に浸透している現実を強調。出席者に対し、こうした現実にも目を向けるよう促した。
 大臣は、「ブラジルは皆さんが思っているより大国になっている」と述べ、百周年に向け両国関係が新しいものに変わりつつあるとの認識を示すとともに、今後も支援していく意向を表した。
 あいさつ後は島内大使の発声で乾杯。大臣は出席者一人一人の紹介を受けた後、文協ビルを後にした。
 懇談会後、邦字紙の質問に答えた大臣は、日伯議連の議員団が来年一月、準備のため来伯する見込みであることを明らかにした。また、約三十一万人のブラジル人が日本で暮らす現状を挙げ「百周年の節目にブラジルから日本への新しい流れが生まれつつある。新しい時代をどうしていくか、考えていかないといけない」と述べた。
 同日夜には、映画監督の山崎千津薫さんら日系の文化人との夕食会が開かれ、席上、外務省が実施した第一回国際漫画賞で入賞したブラジル人作家に表彰状が渡された。
 大臣は二十一日にサンパウロ州プラドポリスのエタノール工場を視察、その後ブラジリアでアモリン外相と会談するほか、第三回東アジア・ラテンアメリカフォーラム外相会合に出席する。

イビラプエラ公園=慰霊碑・日本館訪問

 来伯中の麻生太郎外務大臣は二十日午後四時二十分、イビラプエラ公園内にある開拓先没者慰霊碑と日本館を訪れた。
 当日は松尾治会長ほか、約十人の県人会長が同行。林アンドレー弁護士(前愛知県人会長)が慰霊碑についての歴史を説明した。
 一通り話を聞いた後、大臣は無言のまま手を合わせ、目を閉じ一分間ほどお参りをした。その後、過去帳などを納めた慰霊碑下の礼拝堂も訪れ、記帳した。
 その後日本館で、説明を受けながら花々や木々を見学。展示室では同行した西林万寿夫総領事の「ここには大変貴重なものがたくさんあります」との説明に、驚きの声を上げながら説明に聞き入っていた。中でも壷に興味を示し、全ての壷の前で足を止めていた。

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