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県連ふるさと巡り=日伯の絆たどる旅=ES・ミナス路を行く=連載《5》=ミナス=日本との関係残るイパチンガ=文協会館はウジミナスから

ニッケイ新聞 2007年10月20日付け

 交流会の余韻を残したまま四日目に突入。エスピリト・サント州ヴィトリアからミナス・ジェライス州のイパチンガまで国道262号を通り、約四百キロの道程をバスで移動。途中有名なペドラ・アズール(青い石)に立ち寄った。この石は太陽の当たり方や見る場所によって、蜥蜴が岩山を登っているように見える。
 一行は一度バスを止め、この不思議な岩を見るために降りて行った。バスから降りた時は運悪く雲が掛かった状態で、出発するまで雲が晴れることがなかった。はっきりと見られなかったために、後ろ髪を引かれる思いで、バスは発車した。
 その後、国道262号沿いのミナス料理レストラン「コミーダ・ルラール」で昼食を取った。リングイッサが料理の上にぶら下がっている。料理を保温するために使用している薪の煙で燻製にするために置かれているものだ。
 バス旅に疲れていた一行だが、ミナス独特の料理に喜び長蛇の列。「この料理は美味しいで」と自分の皿に入っていた料理を他の人に渡したりして、一行の世話を焼く人の姿もあった。
 ミナス料理に満足した一行はそのままバスに乗り込み、目的地のイパチンガを目指して出発。多くのトラックや輸送車が走っていたため、約一時間遅れてイパチンガの町に到着した。
 町の入り口で待っていたのは、イパチンガ日伯文化協会の金兼文典会長(72、一世)だ。夜の交流会を前に改築中の同協会会館に案内してくれた。
 このイパチンガの町はウジミナスが入ってくるまではユーカリの木しかないジャングル地帯だった。日本から数人が視察して、広くて、輸送が簡単で、水があり、鉄鉱所ができるといった条件に一致したためにこの場所が選ばれた。
 そのため、現在同会館があるところは元ウジミナス社の土地で、九十九年間無償で借りている。また周囲は元ウジミナス社の社宅だった建物が見事に並んでいる。現在は一般に貸し出している。
 同会館は、もともと同社が日本からやってきた駐在員たちの、子弟の教育の場として使用されていた。日本からの支援打ち切りが決まった五六年には使用されなくなった。そのため、移住者などで同社で働いていた人たちや、その子弟の教育・交流の場として使うために引き上げた同年から再度使い始めた。
 現在は各場所の痛みが激しいために改修工事を行っており、瓦も葺きかえる計画をしている。六七年、天皇陛下が皇太子の時代に同地をご訪問。イッペーの木を二本同会館内に植樹された。しかし、一本は枯れてしまい、もう一本は予想以上に成長しているために植え替えなどを検討している。
 一通りの説明を受けた一行は夜の交流会に向けて、つかの間の休息を取るためにホテルへ向かった。(つづく、坂上貴信記者)



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