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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2007年10月31日付け


 あらゆるニュース番組が、二〇一四年のサッカーW杯のブラジル決定を祝う話で沸いている。一九五〇年のブラジルW杯では、決勝戦が行われたリオのマラカナン蹴球場でウルグアイに2対1で惜敗し、「国家的な屈辱」とのトラウマを残した。それをばねに、世界最多の五回優勝を重ねてきた歴史は有名だ▼サッカーとブラジルの歴史は切っても切れない関係にある。『サッカー狂の社会学』(J・リーヴァー著、世界思想社)によれば、「スポーツは部分間の闘争を強調することにより、全体としての統一をもたらすのに役立つ」とある▼つまり、貧富の差などの社会格差がはびこり憤懣やるかたない社会ほど、国民はひいきのチームに夢を託して熱心に試合を応援することで不満のはけ口を見いだす。そこではき出してくれるほど、国という体制は結果的に安泰になるという話だ▼普段はコリンチャンスやパルメイラスなど様々なクラブに分かれ、ライバル心をむき出しにする宿敵同士でも、W杯の代表チームにおいては同士となり、国の威信をかけて戦う▼六〇年代後半から学生闘争が激しくなったため、軍事政権は七〇年代に国家権力に向けられる批判をそらすため、サッカー代表への支援を強化したといわれる。その過程でカリスマが必要となり、ペレやガリンシャなどを英雄化したとの説もある▼閣僚らの汚職やスキャンダルで、常に困難な議会運営を強いられるルーラ大統領にとっても、頼みの綱ともいえるブラジル誘致だった。大臣や知事を大勢引き連れていったのも頷ける。「困ったときのサッカー頼み」は今も生きている。(深)

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