ホーム | 特集 | 仏の教えで日伯の絆を深め=『空と海を越えた大師のみ教え=南米開教の地訪問の旅』=高野山真言宗から参拝団=金剛流合唱団が曼陀羅世界表現=記念晩餐会で親交温め

仏の教えで日伯の絆を深め=『空と海を越えた大師のみ教え=南米開教の地訪問の旅』=高野山真言宗から参拝団=金剛流合唱団が曼陀羅世界表現=記念晩餐会で親交温め

2007年11月14日付け

 〇八年に日本移民百周年を迎えるにあたり、日本の高野山真言宗から『空と海を越えた大師のみ教え 南米開教の地訪問の旅』と題した参拝団(村上保壽団長)が来伯した。一行は同宗役員や金剛峰寺職員、高野山金剛流合唱団のメンバーや檀家など約四十人。同宗による訪伯団は八年ぶり三回目。同合唱団は十一日、サンパウロ市のブラジル日本文化福祉協会記念大講堂で御詠歌公演を開催し、同日夜、サンパウロ市リベルダーデ区のニッケイパレセホテルで記念晩餐会を開いた。また翌十二日にはサンパウロ州スザノ市の高野山真言宗南米開教区金剛寺で記念法会をおこない、仏の教えを通して両国の絆を深めることに貢献した。なお一行は記念晩餐会に先立ち十日、サンパウロ市イビラプエラ公園内の先没者慰霊碑を参拝。十三、十四日にイグアスやリオ市内を視察し、十五日に離伯する予定。
 記念晩餐会には一行をはじめ、各宗派の代表者や文協関係者など約百人が参加。日伯両国歌の斉唱後、村上団長があいさつし、記念公演での合唱団員各人の技量の高さを讃えた。
 つづけて同開教区金剛寺の谷口圓照住職が「南米の信者一同、皆様のご来伯を心から歓迎しております」とあいさつ。ブラジル仏教連合会を代表して、松峯慈晄本派本願寺南米開教本部賛事長も同一行の来伯に感謝の言葉を述べた。
 過去二回の訪伯団にも参加している岩坪眞弘前副団長(前教学部長)は同公演にふれてあいさつ。ある男性が、父母を想う御詠歌を聞いて「涙がでるほどに本当に素晴らしかった」と話したことを紹介し、「千二百人の来場者皆が感動したことでしょう」と強調した。
 同合唱団を代表して山本文昭団長は、神戸商船大学(〇三年に神戸大学と統合)の在学時に、移民船に携わった学校関係者から多くの移民の話を聞いていたとし、「いつかはブラジルで御詠歌のコンサートを開きたいと思っており、今日それが実現できて嬉しく思っています」と感激した様子で話した。
 また祖父・宥昶氏の来伯時の話を父・義明氏を通じて聞いていたという前田友義合唱団副団長は八年前の来伯時に、ある日系女性と再来伯を約束したエピソードを話したうえで、同公演の成功を喜んだ。
 つづけて同合唱団を指導する小紫博子さんと岩坪玲子さんも壇上にのぼり、「私たちは双子のような二人」とあいさつ。それぞれが「ブラジルは明治の香りがして好き」「今回の公演で仏の心をうたう御詠歌を伝えることができた」と笑顔で語った。
 文協関係者を代表して山下譲二第一副会長があいさつ。夕食をはさんで軽快な司会にあわせて、ビンゴ大会が開かれ会場は和やかな雰囲気に包まれた。また『ふるさと』『サライ』など日本の歌を合唱、下村聖登師が閉会の辞を述べた。

お大師さまの教えを心の糧に=真言宗教学部長 村上保壽

 昨年七月、教学部長に就任しましたとき、まさか南米の地ブラジルでこのような盛大な記念法会の導師をするなどとは考えもしていませんでした。
 しかし、今年二月、ハワイの全島を開教局長としてまわって、ハワイ開教区の先生方のご苦労とメンバーの皆様方のお大師さまへのあつい帰依の真心に触れたとき、今年中にはどんなことがあっても南米開教区を訪問し、皆様方の常日ごろのお大師さまへの信心の誠を高野山に持ち帰り、御廟に報告しなければならないと思いました。
 この思いをさらに強くした理由に、当金剛寺は一昨年に開創五十周年を迎えられましたが、諸般の事情で本山からの記念参拝を果すことができなかったことを聞きました。そして、谷口圓照先生をはじめ檀信徒の皆様方が本山よりの御詠歌や宗教舞踏の指導を待っておられることも聞き及びました。
 かくして十日はサンパウロの高野山南米別院を参拝し、御法楽を捧げ、杉本泰信先生をはじめ多くの檀信徒の皆様にお会いすることができました。
 そして十一日にはブラジル日本文化福祉協会大講堂において満員の聴衆の前で、金剛流合唱団による御詠歌の公演をなすことができました。ブラジル開教区の皆さまに心からお礼申し上げます。ありがとうございました。
 私達はお大師さまの教えを心の糧として日々の生活を送るとき、必ずやお大師さまのご加護のあることを信じましょう。お大師さまは今もなおこの世の尽きるまで、高野山奥の院の御廟に入定され、私達の幸せを祈っておられます。
 このお大師さまのお山、高野山は来る二〇一六年に御開創千二百年の記念の年を迎えます。この大法会の機会に是非ご登山ください。高野山上の法会の場でともに喜びを一つにしましょう。お待ちしております。

荘厳な御詠歌公演に感動=「涙がでるほど素晴らしかった」

 ブラジル日本文化福祉協会の記念大講堂で十一日午後、高野山金剛流合唱団による公演「曼荼羅の響(まんだらのおと)」が行われ、千人を超える来場者が駆けつけるなど、大好評を博した。十二曲が披露された約一時間半、来場者らは静かに耳を傾けていた。
 曼荼羅の掛け軸が左右に掛かったステージで十五人の団員らが鈴鉦(れいしょう)といわれる鉦を伴奏に様々な和讃のほか、「ふるさと」などで美しいハーモニーを響かせた。
 山本団長は呼吸法などを含め歌唱指導をおこない、『相互供養和讃』を会場とともに歌い、金剛舞踊の踊り手の女性が華麗な舞を見せ、音楽と調和した曼荼羅世界を表現した。
 来場した清水笑子さん(77)は公演後、「体がすっとした。とてもよかった」と笑顔。子供の頃から御詠歌を唱えてきたという木葉恒子さんは、「涙がでた」と上気した様子で話した。
 同合唱団は八三年四月一日に発足し、現在約百九十人の団員を抱える。今回の訪問前も日中国交正常化三十五周年を記念し、中国で公演。〇三年から国内各地のホールで公演活動を本格的に展開している。
 山本団長は「伝統を守りながらも他楽器とのセッションなどにも挑戦し、公演活動を続けていきたい」と語っている。

スザノ金剛寺で記念法要=岩坪副団長にドンペドロ賞

 サンパウロ州スザノ市の高野山真言宗南米開教区金剛寺(谷口圓照住職)で十二日午前十時から、日本の参拝団約四十人が参加して、記念法要が営まれた。同寺の僧侶や信者などをあわせて、約六十人が参加した。
 法要をへて参加者一同が焼香したあと、村上保壽団長が法話を行った。「皆様方の温かい歓迎と信心の誠に接し、万里の波涛といえども私どもさえぎるものは何もないことを知りました」と話した。
 また弘法大師の「相互供養」「相互礼拝」といった教えを引用し、「幸せは自分一人で得られない。人は助け合い、支え合ってこそ幸せになることができる」と説法した。
 続けて日伯両国の掛け橋として九五年、九九年と過去二回来伯している岩坪眞弘副団長(前教学部長)に、世界平和文化財団のドン・ペドロ・グラン・コラール賞の盾が、谷口住職から手渡された。
 岩坪副団長は「思いがけない受賞に感無量です」と感想を述べたうえで、今回の訪伯理由について、谷口住職から熱心な要請を受けたことや、過去の来伯でブラジルの人たちから温かい歓迎があったことが大きいと語った。
 午後には高野山金剛流合唱団や同寺のグループが御詠歌を披露。午後二時に全てのプログラムが終了した。

スザノ金剛寺=南米に広まる真言の教え=信者の6割は非日系人

 サンパウロ市近郊スザノ市にある高野山真言宗南米開教区金剛寺の建立は一九五五年に遡る。寺の敷地は地元の有志、安斉正衛さんが寄附し、本堂の建立は地域の住民たちの寄附によってまかなわれた。初代住職には戦前移民の小田明照さん。就任前に一度日本に行き、総本山高野山で行を積んだ。
 五七年には、日本から真言宗最高位の前田宥昶大僧正が来伯し、ブラジル各地にあった同宗の寺などを巡視した。八〇年には寺の本堂を新築。このときも地元住民の寄附によって費用がまかなわれた。
 八六年には日本人移民の無縁仏を慰めようと、故・藤川辰雄氏(日本海外移住家族連合会初代事務局長)らによって境内に富士見観音像を建立。九一年、小田住職が亡くなり、現職の谷口住職が後を継いだ。
 同寺は九五年にスザノ金剛寺の創立四十周年を迎え、日本から約七十人の参拝団が来伯。九九年には高野山真言宗南米開教六十五周年記念にあわせて、百二十人もの参拝団が来伯し、記念法要が盛大に営まれた。
 同寺には現在、非日系のブラジル人を含めて六人の僧侶が日々の勤めに励んでいる。日本の総本山からは和気徹明さん、菅野信隆さんの二人が赴任している。
 谷口住職によれば、寺の信者も六割が非日系人。最近は加持(かじ)・祈祷をしてもらおうと寺を訪れるブラジル人が増えている。「宣伝をしなくても口コミで祈祷をお願いする人がやってくる」ほどの評判だという。

金剛寺住職の谷口圓照さん=剣道指導者の一面も持つ

 おれは悪運がつよいんだよな――。そう豪快に笑い飛ばすのは、サンパウロ州スザノ市にある金剛寺住職の谷口圓照さん(83)。五九歳で仏門に入り、一九九一年から同寺の住職についている。
 一九二四年、鹿児島県生まれ、結婚して兵庫県に籍を移した。戦時中は陸軍の少年飛行隊に所属。飛行訓練をおこなうため台湾にむかったところ、上陸直前に米軍の潜水艦が発射した二発の魚雷が谷口さんの乗る輸送船にあたった。
 「しかしこれが不発でさ。三発目にそれた魚雷がほかの輸送船にあたって沈没したんだよな。あれを見てほんとぞっとしたよ。生死の紙一重だったよ」。
 四五年、八月十四日夜―。台湾から沖縄への決死の出撃を命じられ、仲間と〃最後の杯〃を交わした。「それで翌朝叩きおこされたら、昭和天皇の声がラジオから流れてきて終戦。ほんと人生なんてわからんよね」。
 剣道の名士とも知られる谷口住職。終戦後は十年ほど兵庫県で会社員として働き、三十二歳で渡伯した。渡伯後は日本語教師などをした。剣道の練習場だった同寺の本堂を買いとったことが得度のきっかけだった。
 スザノ市では〃剣道の谷口〃と知られているという。全伯屈指とされる福博村剣道部の創立者でもある。現在は同寺住職をつとめながら、高野山真言宗南米開教区総監事務局長の任にもついている。

富士見観音像の由来=移民の無縁仏を供養

 「南米日系人の皆さん。どうぞ、ここにきて手を合わせて下さい…。死してなお菩薩の道をひとすじに迷える人の杖とならまし」―。スザノ金剛寺にある富士見観音像の足元の黒石にはそう記されている。
 この観音像を建立したのは、日本海外移住家族連合会の初代事務局長、故・藤川辰雄氏。藤川氏は十六年間に渡って移民を送り出した日本側留守家族と現地との親睦に努めた。南米視察業務を重ねる中で、移民の無縁仏を供養せねばとの心境に至り辞職、五十七歳にして出家した。
 しかし、一九八六年九月二十五日、藤川氏はアマゾン川で無縁仏の巡礼供養中に謎の死を遂げた。映像記録作家、岡村淳さんの作品『アマゾンの読経』によれば、当時の警察は供養中に暑さから川岸で水浴していて溺死し、猛魚ピラニアの餌食となって遺体が上がらなかったと推測した。
 藤川氏の絶筆メモには「無縁仏が呼んでいる声が聞こえる」「事故死の霊感を受けるに至る」とあった。鬼哭の声に惹かれるように、覚悟の上でアマゾン川に入水し、自ら彼岸へ渡ってしまった可能性が指摘されている。
 この観音像は、藤川氏が日本で寄付金を募って彫像し、八六年にブラジルまでわざわざ運びこんできたものだ。谷口住職によれば今でも時折、移民の霊を慰さめようと、線香を供えにやってくる人がいる。

 

特集・真言宗護持会

《高野山真言宗南米開教区金剛寺護持会役員》
 会長=石橋稔、副会長=知念ひろし、第一会計=森部りきぞうルイス、第二会計=佐々木たかし、第一監査=郡司わたろ、第二監査=辰巳いちろ、書記=中井としおマリオ。

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