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笠戸丸移民の日の丸も〝発見〟=沖縄県人会=「沖縄移民百年史」準備すすむ=6月まで資料提供受け付け

ニッケイ新聞 2008年2月21日付け

 ブラジル沖縄県人会が百周年記念事業のひとつとして進めている記念誌「写真で見るブラジル沖縄県人移民百年史」。現在編集に向けた資料集めが続けられている。十八日に同会館で開かれた編集委員会では、笠戸丸の沖縄移民の指導者だった城間真次郎氏が下船する時に掲げたという、百年前の日の丸など、貴重な資料が集まりつつある事が分かった。
 同記念誌は「戦前の県人移民」、「移民空白期(戦中)」「戦後」の三部より構成。写真を中心に日ポ両語併記で沖縄県人移民百年の歴史をたどるもので、約三千部の発行を予定している。
 十二人からなる同編集委員会(宮城あきら委員長)は、今年に入ってから県人会関係者に資料の提供を呼びかけ。十八日で十回目の委員会開催となる。
 この日は約十人が出席。委員以外に写真を持参した人もあり、各自が持ち寄った写真・資料についてそれぞれ説明した。
 笠戸丸移民で日系初の歯科医となった金城山戸氏の甥にあたる金城正喜さんは、移民後帰国した山戸氏の母の写真や、戦後まもなく聖市内の同氏宅で撮影した家族写真などを持参。
 前田徳英さんは五〇年代にパラナ州セルタネージャで開かれていた沖縄相撲大会やプレジデンテ・プルデンテの黎明植民地で開かれた女子雄弁大会の写真などを紹介。中には戦前(四〇年頃)に聖州チエテ移住地で撮られた、日本への国防献金のための棉摘みの写真などもあり、一枚一枚について当時の様子などを交えて説明した。
 笠戸丸で渡伯した沖縄移民の指導者だった城間真次郎氏が持参した日の丸は、孫の宮城真次郎さんの家族が保管していたもの。宮城家からあわせて提供された移住七十五周年時の記念誌によれば、『笠戸丸から下りるとき、城間氏が先頭になってこの「日の丸」を高々と上げてサントスに上陸した』その時のものだ。
 資料を集めた与那嶺真次副会長によれば、宮城真次郎氏の父(笠戸丸移民)、加那氏が城間氏の娘と結婚したことから同家で保管されていたことが分かったという。
 編集委員会では今後も、委員をはじめ各支部長などを通じて資料収集を進めていく考えだ。
 次回の委員会は三月に開催の予定。宮城委員長は「県人会の資料館にある資料なども整理・検討していく」と見通しを示すとともに、引続き資料の提供を呼びかけた。
 求めている資料は、「祖父母・父母の移民当時の写真」や「開拓風景」「初期移民のパスポートなど関係書類」「笠戸丸移民の写真、子孫の情報」「県からの各移住者(カッペン、青年隊など)の写真」など。
 今年六月末まで資料の提供を受け付ける。資料は原則的に返却。採用は委員会に一任される。問い合わせは沖縄県人会(電話=11・3106・8823、メールアドレス=kenjinkai@okinawa.org.br)。

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