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第1回「NARA万葉世界賞」=脇坂ジェニさんが受賞=ブラジル唯一の万葉集研究=〝南半球文明圏〟の快挙

ニッケイ新聞 2008年3月6日付け

 四千五百余の和歌を収めた日本に現存する最古の歌集「万葉集」を長年研究、論文などを発表してきた脇坂ジェニさん(81、元サンパウロ大学教授)がこのたび、奈良県主催の第一回「NARA万葉世界賞」を受賞、日本でも各紙が報道した。同賞設置の理由を「海外でも取り組まれている万葉集研究を世界的規模で発展させる一助にしたい」としている選考委員らは、「〃南半球文明圏〃における日本文化研究は、重大な意義がある」とその業績を顕彰している。ジェニさんは、「日本語・日本文化への門戸を開いてくれた先生方に感謝したい。(受賞には)びっくり。怖気づいている」と話しながらも、素直に喜んでいる。賞の贈呈式は奈良県高市郡明日香村にある「県立万葉文化館」で五月十日に行なわれる。
 選考委員は、ドナルド・キーン(日本文学研究家、コロンビア大学名誉教授)、平山郁夫(日本画家、元東京芸術大学学長)、遠山敦子(元文部科学大臣)、中西進(日本文学研究者、奈良県立万葉文化館長)の四氏。
 同賞の公式サイト(www.manyo.jp/nara_manyo_prize/index.html)では、授賞の理由について、「ブラジルにおける日本文化研究第一世代の代表者」と位置付けたうえで、多くの論文を発表していることに加え、「万葉集―日本古典和歌への道」(九二年、GENY WAKISAKA)=写真=を挙げ、「翻訳が圧倒的に多い海外の出版物と大きく異なる」と指摘する。
 「貴族など特定の階級だけではなく、庶民など国民全体の歌を収録している万葉集の理解には、時代背景を知ることが必要」とジェニさんが説明するように、同著には万葉集そのものの論考の前に、収録歌が作成されたといわれる七世紀から八世紀中頃の社会背景を詳細に解説、律令体制や中国との関係にも触れていることを高く評価。
 続いて、「日本の若手の学者など振り返りもしない江戸時代の研究書、注釈書まで見渡した縦横な論議がある」とし、今まで欧米やアジアに偏っていた日本文化研究がポルトガル語でなされたことに、「南半球文明圏、ラテン語系文明での研究には、重大な意義がある」と結んでいる。
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 ジェニさんは、一九二六年、サンパウロ州バウルー出身。父親は笠戸丸自由渡航移民で「サンパウロ州新報」を発行した故香山六郎氏。
 ブラジルの学校と、サンパウロ市リベルダーデ区にあった大正小学校に通った。
 「七人いる子供のうち、末娘だった私だけ日本語を学ばせてくれた。父は、『ブラジルにいるのだからポ語だけやれ』という考え方だったのに、何の心境の変化でしょうか」と振り返る。
 四一年の外国語新聞の発行禁止令により、同年「サンパウロ州新報」は『アジア人はアジアへ帰ろう!』と告別の辞を掲載し、廃刊する。
 経済的な理由などで退学をやむなくされるが、赤間みちへ裁縫女学院(現赤間学院)で日本語の勉強を続け、四五年の卒業と同時に教員として、小学生四年生の担当教員となり、日本語教育に携わる。
 五四年には、サンパウロ人文科学研究所の前身だった「土曜会」で知り合った脇坂勝則氏(84、同研究所顧問)と結婚。仲人はサンパウロ大学日本文化研究所を創設した鈴木悌一氏。「鈴木先生には色々と教えて頂きました」(ジェニさん)
 「子供も出来、家庭人となって、森鴎外や夏目漱石を読む程度」という学問とは無縁の世界を過ごしたが六八年、四十一歳の時に一念発起、高校卒業資格を取り、七一年にサンパウロ大学(USP)文学部東洋学科に進学する。
 在学中の七四年に静岡女子大学から、客員教授として赴任した原口裕氏の万葉集の講義を聴いたことで人生が変わる。「女学院時代に読んだ西行法師の歌や、父と一緒に行っていた俳句会で、(古典文学の)雰囲気は味わっていた」ことも手伝い、万葉集の世界に一気に引き込まれた。
 「膨大な歌の数と、それを収集・編纂した人々の努力」をその魅力の一つに挙げるジェニさんは以降、様々な視点からの論文を次々と発表。
 八七年には、同大学の日本語日本文学講座主任教授、日本文化研究所の所長となり、ブラジルにおける古典文学研究の第一人者として指導にあたり、九六年に退官した。
 「現在の学生は日本文化一般への興味はあるが、古典文学は難解なためか、近代・現代文学に留まっている」と話す。
 「後続の研究者がいない状況をどう思われますか」との取材記者の質問に、「この道や 行く人なしに 秋の暮れ」と芭蕉晩年の句を引き合いに出しながらも、「これからの人に期待したいですね」と穏やかな笑顔を見せた。

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