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沖縄ソバが市の文化遺産に=カンポ・グランデ=移民が始め、地元に根づく=フェイラの名物として40年=市内にソバ屋が100軒も

ニッケイ新聞 2008年5月14日付け

 沖縄県移民がブラジルに持ち込み、南マット・グロッソ州カンポ・グランデ市の郷土料理として、多くの人に親しまれている沖縄ソバ。この地で「SOBA」の代名詞となった沖縄の食文化の一つが、〇六年八月に同市の文化遺産に指定されていたことが分かった。沖縄生麺(なまめん)協同組合(那覇市・宮城實理事長)によると、世界でも初めて。ブラジル人の嗜好にあわせて独自のスタイルを確立しており、市内の屋内施設で週三回開かれるフェイラの目玉として、人気を集めている。
 沖縄県人会の同市支部会長の玉城諚二ジョルゼさんによると、文化遺産の登録は、親日派のブラジル人市長の意向による。「我々が要望したものでなくて、市役所が観光客を呼んだりするために熱心にやってくれたものです」。
 屋内のフェイラは毎週水、金、土曜日に、ノロエステ線の駅舎跡を改築した屋内施設で開かれており、大変な賑わいをみせる。日本的な食材を販売するバラッカのとなりに、四十軒近い沖縄ソバ屋が軒を連ね、フォークやはしを使ってソバを食べるブラジル人客で一杯だ。
 市内全体では百軒近い沖縄ソバ屋があるといわれており、店主の九割以上が二世、三世の沖縄県系人で占められている。
 同市で沖縄ソバを最初に売り出したのは沖縄県名護市出身の勝連ひろしさん(81、同市在住)といわれる。一九六五年ごろ、生活のためにと、フェイラに野菜を売りに来る日本人移民にソバを提供したのが始まりだ。
 「当時は日本人が集団で箸を使ってぼろぼろ音を立てて麺をすする姿はかなり目立ってな。フェイラの一角にカーテンで幕を張って、その中でソバを出したんだよ」。
 興味本位でソバを食べたブラジル人から評判が広まり、フェイラでエスペチーニョを売っていた他の沖縄県移民もソバを販売するようになった。同市でソバにエスペチーニョをセットで注文する習慣ができたのはこのためだ。
 本来の沖縄そばは、出汁をとるのも、上に乗せる具も豚肉を使うのが普通。しかしここでは、出汁は豚でとりながらも、のせるのはおもに牛肉。これに錦糸玉子と刻みネギをたっぷりと添える。どの店でも大・中・小のサイズ別に一杯、七レアル前後と手ごろ。
 沖縄ソバを普及させたとして、勝連さんは九五年の移民の日、市議会で表彰をうけた。店は息子のタケシさん夫婦が引き継ぎ、ブラジル沖縄ソバ屋初の二代目店とみられる。

サンパウロ市=沖縄ソバは〝郷土料理〟=「ソバリア」のジョアンさん

 カンポ・グランデ発の沖縄ソバを南マット・グロッソ州の郷土料理の一つとして提供するレストランがサンパウロ市内にある。その名も「ソバリア」。ヴィラ・マリアーナ区の繁華街の一角にある。昨年二月にオープンした。
 店内をのぞいて見ると、洒落た内装でカップルや家族連れの客が多い。どこにも日本料理店であることは謳っていないが、メニューをみると看板料理はあきらかに沖縄ソバだ。
 同州出身の店主ジョアン・アタジさん(32)は、小さいときから沖縄系ブラジル人の友人と仲が良く、沖縄ソバも家族で何度も食べに行った。「子どものときからオキナワソバに夢中で、カンポ・グランデ文化の一つとして根付いた沖縄料理をサンパウロでも紹介したかった」と開店動機を話す。
 準備にはカンポ・グランデ市内で有名な沖縄ソバ料理店で一年間修業し、〃本場の味〃を学んだ。麺と出汁につかう豚は修行先の店から取り寄せるという凝りようだ。
 「食文化だけでなく、広くマット・グロッソ・ド・スル州の文化を知ってもらいたい」と、店内入り口には、同州出身の音楽家のCDや詩人の作品を展示・販売している。従業員は、同州出身の若者たちだ。
 同店のそばは、椎茸入り、牛肉、豚肉など、乗せる具材によって異なるが、一杯十五レアル前後。ブラジル人客のほか日本人駐在員も訪れる。
 ソバリア住所=Rua.Au rea,343 Vila-Mariana-SP、電話(11・5084・8014)。

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