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走る喜び 日本で知った=北京五輪=陸上代表のタイッサさん=〃ルーツ〃は学校の運動会=「日本が大好きです」

ニッケイ新聞 2008年9月19日付け

 今年八月の北京五輪女子四百メートルリレーで、過去最高の成績となる総合四位に入ったブラジル。その第三走者として大舞台のトラックを駆け抜けたのは、日本で幼少年期を過ごし、日本の幼稚園と小学校の運動会で〃かけっこ〃に目覚めたブラジル人女性だった。タイッサ・プレスチさん(22、サンパウロ州ヴィニェード市在住)。今月十二日から十四日まで、サンパウロ市イビラプエラ陸上競技場であった州大会に出場した彼女に話を聞いた。
 体脂肪一〇%。ぜい肉がなく、筋肉で引き締まった小柄な肉体は、明らかに他の選手と際立っていた。代表選手の貫禄が漂う。
 十五日の女子百メートル決勝。タイッサさんは、北京のリレーメンバー二人を抑え、自己ベストに〇・二秒迫る一一秒六八の好タイムで優勝した。
 父親はゼ・セルジオ氏。サッカーファンなら知っている人も多いかもしれない。サンパウロFCユースチームの現役監督だ。現役時代、ブラジルの代表チームにも登録されたほどの選手で、一九八八年から八九年にかけて、日立のサッカー部(千葉県柏市)でプレーした。引退後、九四年から九五年にかけてプロサッカーチーム、柏レイソルの監督を務めた。
 セルジオ氏に連れられ、二歳で日本に渡り、柏市内の幼稚園と公立小学校に通った。「学校で一番好きだったのは体育。運動会ではいつも一番だった」。十歳まで日本で過ごしたタイッサさんは、記憶に残る日本語をうまく手繰り寄せるように話した。
 ブラジルに戻ってからも走り続けた。十七歳で地元のクラブチームに所属し、本格的に競技生活をスタート。大学の体育学科に通いながら、十八歳で全ブラジルユース大会の百、二百メートルでともに二位に入った。そして、十九歳でブラジル代表選手に初めて選ばれた。
 昨年七月にリオであったパン・アメリカン大会にリレーで出場。八月から九月に大阪であった世界陸上にも出場し、十一年ぶりの訪日を果たした。この時、旧友との再会もできたと喜ぶ。
 今年の北京女子四百メートルリレー。本番数日前から会場に通い、イメージトレーニングを重ねた。「緊張はあまりしなかった」。同種目に参加した十七カ国中、ブラジルは世界ランキング十四位。しかし、その評価を覆すように予選を五位で通過し、本戦では三位のナイジェリアに僅差で迫る四位に入った。
 現在、サンパウロ州ブラガンサ・パウリスタ市にある全伯屈指の有力クラブ「REDE ATLETISUMO」に所属。クラブから給料をもらい、月曜から土曜日まで厳しい練習を続ける日々だ。
 「後二回はオリンピックに出られると思う。その後は結婚して赤ちゃんを産みたい」と笑うタイッサさん。日本で生活した当時のことを尋ねると、こう言って一番の笑顔を浮かべた。「私は日本が大好きです」。

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