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大阪・サンパウロ市姉妹提携40周年=記念歌謡ショーに1千人=文協=成世さん「心で感じてもらった」=「ひえつき節」酒井氏の家族も

ニッケイ新聞 2009年9月15日付け

 大阪・サンパウロ姉妹都市提携四十周年を記念し、大阪市音楽親善大使の歌手・成世昌平さんと作詞家・もず唱平さんらが出演する記念歌謡イベント(北川彰久実行委員長)が五日文協大講堂で開催された。約千百人が会場を埋め、一日音楽に酔いしれた。
 開会式で大部一秋在聖総領事は「『みかえり富士』は心揺さぶられる移民の歌、ブラジルでも発表され嬉しい」と述べ「成世さんに直接お会いでき光栄」と話していた。
 大阪市の木下吉信市議は「同じ血が流れている皆さんと交流を深めていきたい。大阪を忘れないで下さい、五十周年も盛大に祝いましょう」とあいさつ。
 作詞家のもず唱平さんは「歌は心の架け橋と信じている。成世さんが歌う曲を日本からの土産として聞いて下さい」と伝えた。「みかえり富士」を作った作曲家・船村徹さんからのビデオメッセージも上映された。
 第一部、成世さんは着物姿で登場。「大阪市から贈られた愛の鐘と共にやってきました。夢が叶い、皆さんの前で歌えて嬉しい」とあいさつし、ショーが開幕。
 滋賀の淡海節から大阪の淀川三十石船舟唄やソーラン節まで十七曲の民謡に加え、会場からのリクエスト曲が歌われた。しげさ節や磯節、黒田節、外山節など多くのリクエストが飛び出し、会場はおおいに盛り上がった。
 第二部はもずさんが講演し、日本の歌「赤とんぼ」の歌詞の背景を考えた。単に日本の風景を歌っているだけでなく、子守子の生活や絹産業など当時の風習を伝えているという。会場は、もずさんの情趣豊かな語りから故郷の様子に思いを馳せた。
 第三部は、歌謡成世昌平ショー。ブラジル初披露の移民の歌「みかえり富士」に始まり、ヒット曲「はぐれコキリコ」や「昭和の家族」などが披露されていった。「貝殻恋唄」では成世さんはステージから客席に下り、観客の握手に応えながら熱唱した。
 船村徹作品メドレーでは「別れの一本杉」や「王将」、「矢切の渡し」も披露された。
 「ひえつき節―ノスタルジア椎葉」の前には、民謡「稗つき節」の作詞者で、移住してスザノで亡くなった酒井繁一氏の息子の未亡人・酒井文子さん(68、山口)も紹介された。
 最後は、会場と一緒に再度「みかえり富士」を歌い締め括った。
 第四部は日伯交流紅白歌合戦で白熱、接戦の末に紅組が優勝した。「愛のままで」を歌ったブラジルから参加した石井彩子さん、日本からの参加で「みかえり富士」を披露した金子靖男さん(70、東京)が大阪市長賞に輝いた。
 審査にあたったもずさんは「皆さん本当に上手でこんなに難しい審査も珍しい、本当に困りました」と感想をもらした。
 金子さんは「去年の移民百周年を記念しこの曲を選んだ。地球の反対から来て歌った甲斐がありました」と嬉しそうに語っていた。
 来場者から好評をいただいたと顔をほころばす北川実行委員長。「成世さんのショーを会場に届けられた、すばらしい交流会になった」と話していた。
 サントス港も見学に行き、移民の情景を思い浮かべながら歌いきったという成世さん。公演を終え「ステージはお客さんがつくるもの。よく聞いて下さって嬉しい、皆さんが心で感じてくれているのが分かった」と笑顔で語り、「またブラジルで歌いたい」と話していた。
 「みかえり富士」を作詞したもずさんは、前来伯時に移民と交流を持ったことが作詞のきっかけだったと話す。「日本の人も日系人がこれほど日本に思いを馳せていることを知るべき」と話し、「ブラジル社会では多文化共生が成立しているように見える。日本の将来にも良い手本になるのでは」と語っていた。
 会場の福本緑さん(68)は「紅が勝った!」と抱き合って喜んでいた。「はぐれコキリコ」のCDを日本で買って来たという上里ジョルジさん(69)は「成世さんの曲を生で聞け嬉しい」と感激する。
 石井千鶴子さん(62、北海道)も「はぐれコキリコ」が好きでテープを持っているという。幼少期に渡伯した石井さんは、「『みかえり富士』を聞いたら涙がでてきました」としみじみ語っていた。
 当日はブラジル日本アマチュア歌謡連盟(INB)北川好美会長、サンパウロ・大阪姉妹都市委員会高木ラウル委員長、岡田茂男大阪・サンパウロ姉妹都市協会副会長、ピラチニンガ文化体育協会の重田エルゾ会長らも出席した。

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