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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2010年4月27日付け

 サンバのライブを聞きたいやカルナバルを見たいとブラジルに来る人々は多いが、ブラジリアを視察したいと遠く日本からやってくる珍客?もいる。桓武天皇が京都に皇居を構えてから1千年も動かなかった日本では、明治維新になり天皇陛下が東京に移り遷都されても京の人々は「行幸」とし、信じて疑わなかったそうだから―ブラジルの遷都に異常な興味を抱いたのに相違ない▼この国の都市はリオやサンパウロなど海岸線に集中している。このため奥地開発が政治家らの夢であった。こうした世論を背景に中西部に首都を建設するとしたのはバルガスであり、この弟子筋にあたるクビチェック大統領がゴヤス州の荒野に首都を建設すると宣言し完成したのが首都ブラジリアである▼建設が始まった頃の苦労は今に語り継がれる。高速道路も鉄道もないために建設資材を飛行機で運搬したし、労務者らへの衣食住も大変だったの話が耳底に残る。それが今や市民270万人を擁する大都市となり政治と外交の中心なのだから驚く。60年代の半ば頃、初めて訪ねたが、まだ「都」には遠く、日本大使館には公邸もなく寂しい限りであった▼だが、近郊には日本人移民がかなりいて農業に力を入れていた。これを先輩記者が記事にすると、読者の反響が大きく、オニブスを2台仕立て現地に向かい、入植した移民もいたのである。これがブラジリアの食糧基地になるのだから、この貢献は見逃せない。大統領官邸か公邸かに故内山勝男サ紙主幹の叔父が、和風の池を造成したそうだし、あのモダン建築の影の立役者はニッポン移民であったのも忘れまい。(遯)

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