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【広島県人会 特集】広島県人会=創立から55周年迎え=地元に根付く文化センター=母県との連携、さらに強く

ニッケイ新聞 2010年7月23日付け

 創立から55周年の節目を迎えるブラジル広島県人会(大西博巳会長)は今月25日に記念式典を開く。原爆孤児救済活動を基盤に発足した芸備協会が前身となり、母県との窓口となり活動してきた同会。2003年に5月に「広島文化センター」が完成したことから、一般にも広く開放、文化・スポーツ施設としても地元に密着した存在となっている。09年には広島大学ブラジルセンターも会館内に開設、学術交流などの拠点として母県からも注目されている。

 総工費362万レアル(当時の為替で1億8千万円)。県、経済界が約8割を負担した。
 敷地面積は1440平米で地上五階、地下1階。12部屋の宿泊施設や会議室、原爆パネルコーナー、運動場(17×35米)がある。1階部分は民間企業に貸し出し、ガレージ(120台収容)の収入は、センターの運営費に充てられている。
 03年7月、『県人ブラジル移住95周年』とともに行なわれた竣工式には、藤田雄山県知事、8人の県議会議員、広島日伯協会の筒井數三会長ら、訪問団53人が参列した。
 それから7年。母県と一層の絆を深めた同センターは現在、地元に根付いた文化スポーツ施設として、平日、休日を問わず、多くの利用者がある。
 高齢者対象のデイケアサービス「もみじの会」のほか、ヨガ、バレエ、英語、書道、柔術、日本語など各教室が開かれている。
 県が実施する研修制度、青少年交流にも毎年県人指定を派遣している。

広島大学の研究拠点も

 09年には「広島大学ブラジルセンター」が会館内に開設された。同センターは、中国、ロシア、ケニアに続く第4番目の海外教育研究拠点。
 同大は、これまでブラジルから県費留学生制度やJICA日系研修員制度などにより多くの留学生及び研修員を受け入れてきた。
 同センター設置を機に、ブラジルをはじめとする中南米地域からのさらなる留学生の受け入れ、研究者交流の実施など教育学術交流を行っていく考えだ。

ごあいさつ=会長 大西博巳

 このたび多くの県出身者を迎え、在伯広島県人会創立55周年式典を挙行できますことは、誠に大きな喜びであります。
 本会は母県の要請により、1955年に創立されました。55年の長きに渡り、今日を迎えることができましたのは、歴代知事、広島日伯協会をはじめ、コロニア関係諸機関の温かい思いやりと当会の諸先輩方のたゆまないご努力によるものであります。改めて心から感謝を申し上げます。
 03年7月には、多目的ホール・宿泊施設・展示スペース・会議室・野外コート・道場などの設備の整った新会館「広島文化センター」が完成し、皆さまに広く利用して頂くことで、会の活性化、日本語・日本文化の継承、日伯交流の拡大に役立たせて頂いております。
 おかげさまで健全運営を維持しており、今後は次世代がブラジルとふるさと広島との温かい信頼と繋がりを益々立派に引き継いでゆくものと確信し、新たにな若いエネルギーに大きな期待を寄せている次第でございます。今後の県人会発展にご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
 最後に、ブラジル広島県人会の会員一同を代表して、皆さまへの心からの感謝を申し上げ、お礼の挨拶といたします。

~県人会の歩み~=芸備協会発足から55年=原爆孤児救済活動が基盤に

 広島県人のブラジル移住は1908年の第1回移民船「笠戸丸」に乗り込んだ9家族42人が嚆矢。
 11年の425家族をピークに、25年から35年まで、毎年150家族が移住。都道府県別で5位という〃移住県〃だ。
 戦前、サンパウロに住む県人有志が集まり、広島からの訪問者、商社駐在員の帰国などをきっかけに集まっていた。
 やがて終戦。原爆の惨状を聞いていた県人らは、「古里のために何かできないか」と、50年に「原爆孤児救済会」を結成。コロニアだけでなく、ブラジル社会にも募金活動を展開した。
 当時、日本への唯一の窓口だった「日本戦災救済会」を通じ、県下八カ所の孤児院に物資を送っている。
 55年に来伯した県庁職員、仏崎盛之介・県外事課主事が歓迎会の場で、「一人でも多くの県民を呼び寄せてもらい、原爆のため焼失した在伯県人の名簿を作成してほしい」と呼びかけたことから、救済運動のメンバーが中心となり、同年7月『ブラジル芸備協会』が発足した。
 翌56年には、大原博夫知事が来伯。2ヶ月に渡り各地の県人を訪ね、激励している。
 59年に『ブラジル広島県人会』と改称、71年には県人会館を建設。以来県人、県人子弟を中心に活発な活動を行なってきた。
 03年のセンター完成をきっかけに、ブラジル社会にも門戸を開いた活動を目指す。県人子弟に広島のルーツを伝えるとともに、ブラジルに広島の文化を伝える活動も行っている。
 08年には、県人移住100周年を祝った。母県からも慶祝団を迎え、約500人が両国の発展を祝った。

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