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イビウーナ文協創立70周年=文化、スポーツ普及に邁進=記念碑で先人の功績偲ぶ

新しく建立された記念碑

新しく建立された記念碑

功労者約140人に表彰も

 聖南西地区のイビウーナ文化体育協会(CCEI、前田博文会長)が1948年の創立から70周年を迎え、『創立70周年記念並びにブラジル日本移民110周年記念式典』を開催した。当日は開拓先没者慰霊祭のほか、新たに建立された記念碑の除幕式が行なわれた。式典後の祝賀会では文協会員らによる芸能発表が行なわれ、節目を華々しく盛り上げた。

部門別功労者では婦人会も表彰された

部門別功労者では婦人会も表彰された

 会員数は約380家族、聖南西地区の中でも最も日系人が多くて、日本語学校はもちろん、文化活動やスポーツが盛んなところとして有名だ。
 式典舞台上には同文協婦人会が手作りしたCCEI70周年と書かれたリオのポン・デ・アスーカル、日本移民110周年と書かれた富士山が飾られた。
 前田会長の挨拶後、表彰状並びに記念品授与となり、元会長7人、特別功労者7人、永年勤続教師2人、部門別功労者8人、永年勤続職人5人、85歳以上の高齢者44人、元役員経験者69人の計142人の功績が評された。

祝辞を述べるメロ市長

祝辞を述べるメロ市長

 その後来賓のジョアン・ベネディクト・デ・メロ・ネト市長から「日本人移民の特徴の一つは入植地に根付き、地域の成長に貢献すること。当地日系社会も日本の最新技術を持ち込み、地域に大きな影響を与えた。私も影響を受けた一人。伯国は不況や汚職蔓延など苦境にあるが、日本人の倫理感や文化が伝えられることで現在の状況から脱することができる」と称賛した。
 また、聖南西文化体育連盟(UCES)の山村敏明会長は「筆舌に尽くしがたい尽力を続け、平和で豊かな日系社会を残した。戦後の日系社会で勝ち負け抗争が起こり、日系人同士の団結のため文協ができた。今ではUCES傘下の文協の牽引役になるなど大きく成長した。80、90年に向けて更なる発展、繁栄を」と語り、今後の活躍を期待した。
 閉会後、一同は会館前に移動し記念碑の除幕式が行なわれた。前田会長、メロ市長、山村会長、日語学校生徒2人が黄と緑のリボンを引っ張り、幕が払われた。「奨学舎を偲んで 創立70周年記念碑」と刻まれた記念碑が現れ、参加者は拍手で祝った。


祝賀会=101歳、高木さん「ここが一番」=婦人会による豪華な料理ズラリ

高木さん、前田会長、荻野さんでケーキカット

高木さん、前田会長、荻野さんでケーキカット

 祝賀会会場には同文協婦人会による豪華な昼食が並び、来場者の目と舌を楽しませた。また、70周年を祝うケーキカットでは前田会長、高齢者を代表し荻野宗一さん(93、愛知県)と高木治子さん(101、静岡県)が入刀した。
 高木さんは「文協には夫や子どもが会員として参加しお世話になった。伯国に来てからいくつかの街に住んだが、ここが一番良い」と語った。一緒に来場していた娘のタカハシ・ミキエさん(54、二世)は「現在では非日系人も文協の活動に参加し、日本文化がさらに広がっている」と感心した。
 祝賀会中、文協会員らの芸能発表が行なわれた。幕開けは高野駿くんによる大太鼓一本打ちで、力強い演奏を会場に響かせた。その後も桜井ミユリさんが大人顔負けの歌唱でカラオケを披露するなど会場を盛り上げた。
 同文協婦人会の吉住しのぶさん(82、福岡県)は、今までに会長職を8回も経験したそう。今回の節目について「文協あっての婦人会。お互い支えあって活動を続けていけたら」と微笑んだ。

 

イビウーナ発展の歴史

前田博文会長

前田博文会長

 イビウーナ文化体育協会創立70周年および、ブラジル日本移民110周年記念式典を催すにあたり、ジョアン・メロ・イビウーナ市長をはじめ、市議会議長、および、市政関係者各位、商社企業社筋、聖南西文化体育連盟、地域各日系団体代表者のご臨席を仰ぎ、かくも盛大な式典を挙行できますことは、当文化体育協会にとり光栄のきわみであり、会員一同、感謝の念に耐えないところであります。
 当文化協会の母体である「奨学舎父兄会」が発足したのは、終戦後間もない、70年前の1948年であります。当地に邦人が入植したのは、それ以前の1932年にさかのぼり、徐々に数を増してきた入植者を含め、1938年には今はなき、コチア産業組合の統制部落を見るに至りました。
 さらに1942年、コチア産業組合の第1号ともいえる共同出荷組合が創立されたわけです。今日、私達が特に敬意と感謝をもって申し上げたいことは、子弟教育に対する当時の組合員のただならぬ熱意であります。
 すなわち、共同出荷組合の余剰金の中から、その大半を、子弟教育に最も必要な寄宿制度の設置、日本語学校開校、裁縫学校併設などに向け投入され、文字どうり、一丸となって創立に努力され、組合員の子弟のほとんどが、この寄宿舎を卒業されており、今日なお、充実した日本語教育に取り組んでいく事のできる礎を築いて頂いた事であります。
 その後、1956年、奨学舎の運営が出荷組合より当時の父兄会に移管され、名称も「イビウーナ文化協会」と改められました。
 戦後その数が増えはじめた奥地からの移転者、1955年より開始されたコチア青年を含む、いわゆる戦後移住者を合わせて、イビウーナは一大近郊農業地帯として、また、日系集団地として名を成すに至りました。
 このような背景と共に、文化協会においても、年々不足をきたす教育施設の拡充を図りながら、当時、勇名を博した、少年野球や陸上競技を始めとするスポーツ分野はもとより、文化、社交、融和など、あらゆる面において幅広く成長を続けて参りました。
 1981年には、当時、全会員の念願であった本会館の落成を見、もう一つの磐石な布石を施すことになりました。
 さらに、1993年には、コチア産業組合崩壊寸前、当時の役員の必死の努力により、それまで半永久貸与であった、当文協敷地4アルケーレスの購入交渉が成立し、ここに全ての面で自主独立した当協会が誕生するに至りました。
 また、名は体を表すと申しますが、2014年には、国情と時代に合わせ、本会の主旨をより鮮明にすべくとの必要性に考(かん)がみ、名称も「イビウーナ文化体育協会」とし、今日に至っております。
 この70年にわたる日本語学校運営により、本校を巣立った日系人を始めとする会員子弟は一千数百名を数え、農業後継者としてはもとより、政治、経済、学問など、あらゆる分野において、すばらしい活躍をされております。これは当文化体育協会にとって大きいな誇りであり、今後益々発展される事を願うものであります。
 笠戸丸以来、すでに1世紀を大幅に超えた今日、日系人は200万人を数え、ブラジル社会に大きく貢献しております。今後の時代を担う日系人の皆様方は過去の歴史と先人の努力、ご苦労を思い起こし、その教訓を充分いかして、誇りある日系人としてさらなる活躍をされることを切望してやみません。
 また、本日の70周年という大きな節目を機に、過去に思いを寄せると共に、未来に向け、当文化体育協会がますます発展の道をたどるべく、会員共々、決意を新たに致したいと存じます。
 本日の記念すべき式典に臨みまして、関係者各位のご協力を心より感謝すると共に、遠路はるばるご臨席頂きましたご来賓の皆様方に厚く御礼申し上げます。

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