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日本語教育リレーエッセイ=第17回=青い春の空の下で=ピラール・ド・スール=鐙野香織

ニッケイ新聞 2011年2月19日付け

「あっ!ヒョウだ!ひょうが降ってるよ!」
 そんなたいした意味を持つわけでもない出来事こそが心に残ってる気がする。これは何年前の事なんだろう。普通の一日で普通の授業が行われていた。でも空はしだいに暗くなり突然ひょうが降り始めた。
「ひょうだあ!」
「えっ!どこどこ?」
 と皆は教室の窓やドアに集まった。誰かがすごいぞと3センチほどの大きくて真っ白な石をみせたり、グラウンドや向こうへと続く景色が白くなるのをみたり、授業はそのまま終わった。
 その他に母の日・父の日発表会の劇の台詞を皆で練習したり、「新しい漢字」の静かな授業で誰かのしゃれでどっと笑ったり、体育でのピンポンで負けっぱなしになっちゃったり、ちびっ子たちが走り回るのを懐かしそうに見たり、実際にその後は自分まで遊んでみたり。この様なささいな事が私の日本語学校での12年間をつくりあげた。
 午後1時半、家を出る。約15分歩いたところでたどりつくのはこの小さな町のある場所。ピラール・ド・スール日本語学校。門を通り最初に目に入るのが公園、グラウンド、そして校舎、会館と体育館。ずらりと並ぶ教室はいまでも色々な思い出で詰まっている。
 1年ほど前私はこの学校を卒業しました。いっぱい、いっぱい泣きました。毎年先輩達の卒業する姿を見ていて自分が学校を離れるのはまだまだなんだと心に言い聞かせていた。でも皆いつかは別れを迎える。「卒業は終わりじゃなく始まりなんだ」と誰かが言ってくれました。そう、卒業はまた新たな挑戦の為にある。そして自分を見失いそうになった時に、くじけそうになった時に日本語学校の色んな思い出たちが支えになってくれます。でも思い出にたよってるのは自分が過去に生きてるのじゃなく、思い出をいつも私と一緒に現在(いま)まで持っているからです。
 さて、では何故日本語学校はそんなにいいのでしょうかとお考えになっている方もいるでしょう。この答えは私もあまりうまく言えないです。決していい事ばかりではないかもしれないです。難しい漢字の勉強やお話大会や、先生にたまに怒られたりして、友達とけんかをしちゃったり、嫌なこともあります。
 でも最後には全てがいい思い出に変わっていくのはなぜ? それこそが本当の『友情の力』なんだと先生は言ってくれました。その力を与えてくれるのが学校です。いつも応援の声を出してくれる文協の方々やお父さんたち、お母さんたち。そしていつだって私たちの背中を押してくれる先生たち。大勢の人たちが私達の為に頑張ってくれます。簡単にはなかなか言えない言葉だけどいつもいつも心から「ありがとう」をおくってます。
 私にとってこの日本語学校は何を意味するのかを一言で言うと『喜怒哀楽』。新しい人と出逢う喜び。弱虫な自分に向きあった時の怒りや悔しさ。卒業して行く先輩たちを見る哀しみ。そして何気ない毎日を仲間と一緒に過ごす楽しみ。この学校で色〜んな事を感じました。時には泣いたり、わめいたりもしたし、大声で笑ったりもした。様々な気持ちが自分の中に生まれてくるのを感じた。だからまだ小さい子供たちにもこんな素敵なところで色んな事を見て、聞いて、感じて、すくすくと成長していって欲しいです。
 人間は一生をかけて真の幸せを見つけようとするけど、それは皆が思ってる以上に近いんじゃないかしら。友達とふざけあったり、たまに先生にほめられたり、放課後の帰り道を一人じゃなく皆と一緒に歩いたり、おばあちゃんと会話が出来たり、日本の色々な事を覚えたり、そして日本にあこがれを持つようになったり。そういった小さな事が幸せなのではないかしら。
 〃人は失って初めてその大切さに気づく〃って言うけど本当は常に思ってる。学校の皆がどれだけ大切で自分が何度もこの仲間達に救われて幸せになったんだと。だから何故毎日があんなに楽しかったのかが分かった気がする。「学校(ここ)で出来た思い出は絶対に忘れない。今も、これからも」こう言うのが青春だから。
 鏡のむこうに映る自分が問いかけました、「あなたは幸せですか」。私は迷わず答えられる自信が今はある。「幸せだよ」
(ピラール・ド・スール日本語学校卒業生、17歳、三世)

写真=送別会と大学合格祝いを兼ねた食事会で。前列中央右が鐙野さん。卒業生、在校生、教師ら26人が集まった


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