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日本語教育リレーエッセイ=第7回=日本語学校の幅広い学び=渡辺レナッタ啓子

ニッケイ新聞 2010年11月27日付け

 初めに自己紹介します。渡辺レナッタ啓子と申します。18歳です。サンパウロ州のアラサツーバ市で生まれ、現在、州立リベイロン・プレット大学看護科に入学し1年修業しています。
 アラサツーバ市日伯文化協会(ACNBA)の日本語普及センターで1996年、当時4歳から17歳まで日本語を勉強し、途中2年間個人指導の授業で勉強し、文協の日本語学校に戻り、2009年まで13年間日本語を学びました。初めは、両親にとって日本語学校は日系先祖の生活を伝えられるいい機会と言うものでした。父はいつも、ACNBAの学務部の役員として、日本語学校のイベントに参加していました。
 日本語学校時代、故森垣正利学務委員長がいつも私達生徒に日本語を中心に学習発表会、お話発表会、林間学校など重要な事に参加をすすめていただきました。ふりかえれば、私にとって日本語学校生活は大変重要な期間でした。日本語を学ぶだけでなく色んな日本の文化を吸収できた事です。
 年間に学習発表会、お話発表会、合唱祭、林間学校などに参加し、日本語の勉強や、他の学校の生徒や先生達との交流をできる、とても大事な機会でした。毎年、サンパウロやロンドリーナで行われる日本語能力試験も何回か受験できました。私は初級と中級の間、一度も受けませんでしたが、上級クラスに入ると焦点は主に能力試験でした。
 13年間アラサツーバ普及センターで多くの先生方と勉強し、とても豊かな教育を取得できました。それは、先生方はそれぞれ、特異性によって、ちがう教授法を持っていたからです。先生方と生徒の間はとても暖かで、授業に関する事だけではなく、どんな事でも聞いたり、話したり出来ました。先生方はいつも私達を励ましてくださり、毎日優しくしてくださいました。毎日頑張る先生達の姿が私達生徒にとって、とても大事な動機でした。
 この幅広い学びから日本研修が実りました。2007年、JICAにお世話になり1カ月間の日本国の研修に参加する幸運にめぐまれました。
 南アメリカの36人に出会って、JICA日本生徒研修と言う研修でとてもいい思い出を作ることが出来ました。短い1カ月でしたが、一生忘れることは出来ません。初めは、話したこと無い、または見た事も無い、ただの同じ研修の人達ばっかりでした。ですが、30日間一緒に食事をしたり、出かけたり、笑ったり、落ち込んだり、泣いたりして、どんどんみんなの事を「友達」と言う言葉で呼べるようになりました。
 日本の研修で、博物館を見学したり、5日間日本の学校体験、お風呂体験、シーパラダイス水族館や東京デイズニーランドで楽しむ事もできました。そして1週間福島県、福島市に住んでいる祖父の姉の家でホームステイしました。祖父が生まれた町と家に行き、とても貴重な経験だと思いました。
 終わりにあたり、私の家族、そして多数の先生方、文協の皆様に感謝しています。ありがとうございました。

写真=JICA日本研修の友人たちと渡辺さん(右)。横浜で

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