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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月5日付け

 「日本移民は黒人奴隷の代わりに導入された」とはよく聞く言葉だが、イタリア系子孫の本国就労実録映画を見て分かったのは、伊移民こそが最初に奴隷扱いされて苦労したことだった。奴隷解放令が出た1888年は、まさに伊移民最盛期だ。あまりの扱いの酷さに本国でブラジル送り出し禁止令が出されたほどだった。それ故に日本移民が必要とされたという順番だ▼伊移民の大半がサンパウロ州に入り、労働力が大勢いる大家族ほど地方のコーヒー農園に入り、労働力が少ない家族はサンパウロ市で工場労働者になった。本国でサンディカリスム(労働組合至上主義)が19世紀末から盛んになり、本国にいられなくなった過激な活動家が移住して当地でもストを組織し、伊語左派新聞やアナーキスト新聞を星の数ほど発刊した▼労働者党(PT)など後の左派政党に多くの伊系子孫の政治家が生まれる源流は、そこにあったかと膝を打ち、各移民の歴史の積み重ねでこの国は作られていると痛感した。本国の貧困層に加え、政治や宗教的に抑圧された層が率先して南米移住し、その人々が当地では逆に多数派となった。かくして旧世界の秩序は新世界ではひっくり返るのだ▼伊系の場合は本国就労に行っても、国籍があり、言葉も近い、文化も似ているが、それでもガイジン扱いされるという。ある意味、余計辛い感じがする。今でも30万人がパスポート申請しているということは、どれだけの数の子孫が本国就労しているか想像を絶する▼「ブラジルに移民を送り出した歴史や経験を、今イタリアに受け入れる時にも役立てなくては」という監督の言葉が心に残った。日本もまったく同じだ、と。(深)

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