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県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(1)=南米のパリ、ブエノスへ=欧州移民ゆかりの地ボカ

ニッケイ新聞 2011年11月2日付け

 ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催で、今年で23年目を迎える「第36回移民のふるさと巡り」(本橋幹久団長、鳥取県人会長)が10月6日から11日まで実施された。今回は国境を越え隣国のアルゼンチン、ウルグアイを123人(うち一世は69人)が訪れ、各地で観光を楽しみながら、地元日本人会の温かいもてなしを受け、交流を広げた。(田中詩穂記者)

 アルゼンチン共和国(以下、亜国)は南米では伯国に次いで2番目、世界では8番目に広い領土面積を有する。23州と一つの特別区(ブエノスアイレス)から成り、現在の人口は約4千万人。首都ブエノスアイレスは人口約300万人と世界有数の巨大都市で政治、文化、経済の中心であり、「南米のパリ」の名で親しまれ、最も美しい町の一つとされる。
 6日午前、ホルへ・ニューベリー空港に到着すると、冷涼な空気が一行を出迎えた。コーディネーターの木村マリアさん(36、日系亜人二世)の迎えを受ける。市内へ向かうバスの車窓からは、伯国のファべーラに似たバラック街と、すぐ近くに立ち並ぶ高層ビル群、ヨーロッパ風のカフェ、ホテル、劇場などの建築物が目を引いた。
 午後、現地ガイドの案内で観光へと繰り出した一行は、市の創設400周年を記念し建設された高さ68メートルの街のシンボル、オベリスクを通り過ぎ、バスは「5月広場」に到着。その周辺には赤っぽい外観から「カサ・ロザーダ」と呼ばれる大統領府、南米開放の父、サンマルティン将軍の柩が安置されている大聖堂がある。
 小雨が降る中、広場でバスを降りた一行は軍政時代に行方不明になった学生運動家たちの写真を掲げる母親たちのデモが目に飛び込んだ。周囲をざっと眺めると、黒人、インディオ系の人はほとんど見られず、欧州系の白人ばかりだ。
 一行を乗せたバスはリア・チュエロ川に面する港町ボカ地区へ。この港はかつて亜国随一の港で19世紀後半、ロシアやドイツ、スイス、イタリア、スペイン、ギリシャなど欧州移民を乗せた船は、すべてここに到着したという。
 バスは観光地のカミニート(「小径」の意)へ。車外からは壁やテラス、屋根をカラフルな原色で塗り分けられ、トタン板で建てられた長屋形式の家々が立ち並ぶ、石畳の通りが敷かれた一角が見えてくる。この家々にはかつて、働く場所が見つかるまで多くの移民が共に住んでいた。
 もともとは、ボカ生まれの画家キンケラ・マルティンが船の修理工からもらってきたペンキで建物を塗ったのが始まりだという説がある。移民や船乗り、労働者で溢れていたボカ地区は、タンゴの発祥の地でもある。
 夜は高級住宅街にあるタンゴ・レストランへ。大きなステーキなどの夕食に舌鼓を打ちながら、バイオリン、アコーディオン、ピアノなどの演奏をバックに繰り広げられるタンゴや歌、踊り、フォルクローレのショーを楽しんだ。
 ふるさと巡りには初めて参加した大力晶子さん(66、福島)は、「とても素敵だった!皆男前だったし…。見ているだけでエネルギーがもらえた気がする」と満喫したようだ。(つづく)

写真=5月広場で記念撮影した参加者一行

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