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県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(7)=南米から日本祭り参加?=新ビジネスに談論風発

ニッケイ新聞 2011年11月11日付け

 在亜日系団体連合会による一行の歓迎会で、「ニッケイ新聞の方ですか」と突然声をかけてきたのは、アルゼンチン拓殖協同組合(亜拓)監査役の渡辺謙さん(80、佐賀)だ。
 同団体は戦後移住者の受入れ態勢を整えることを目的に53年に設立された。亜国永住者、パラグアイ移住者の亜国通過、駐在員入国など日本人呼び寄せ手続きを行ってきた由緒ある組織だ。
 営農や販売指導、直営農場の経営、日本食品の販売など多角的な活動を展開している。80年には現事務所を開設し、現在に至っている。渡辺さんによると、現在はミシオネス州にパラナ松を植林する事業も行われているという。
 ブエノスで旅行会社を経営する文野和義さん(高知県)は、「例えば日本祭りでもブラジルだけがやっているけどアルゼンチンやパラグアイ、ウルグアイ、ペルーの日系団体も一緒になれば、新ビジネスが生まれるはず」と話していた。
 現在、亜国には約3万人の日系人がいる。花卉栽培など農業、洗濯屋など商売に従事する人や企業に勤める人、大学に進学する人も多いという。二世、三世を中心に、その約7割がブエノスアイレス市や近郊に住む。
 息子夫婦らと訪れ、九州地方出身者のテーブルで歓談していた永田マリオさん(76、二世)は、在亜佐賀県人会(会員60家族)の会長だ。亜国側から佐賀県系人は7人参加していた。
 親が佐賀県出身の飯田正子さん(78、二世)は楽しそうな様子で、「初対面だけど同郷関係者なら仲間。こんなにたくさんの人に会えて嬉しい!」と声を弾ませる。
 在亜日系人の3分の2を占める沖縄県系人は今回6人参加した。伯国からは名嘉正良さん(伊平屋島出身)=南麻州カンポ・グランデ在住=、与儀清徳さん(70、那覇市)=聖州サンカルロス在住=の2人だ。
 2人とも米須会長と話したといい、「(米須会長は1歳で来亜したが)日本語もうちなーぐちも上手だった」と嬉しそう。与儀さんはラ・プラタ日本人会との交流会で、ブエノスアイレスから訪れた『移民史』の日西両語コーディネーター、久田アレハンドロ氏など2人の県系人と話せたそうだ。2人は夜の交流会にも姿を見せ、与儀さんは「わざわざ来てくれてとても嬉しかった。会が終わったことも気づかないで、ずっと話をしていました」と喜ぶ。
 与儀昭雄元県連会長と又従兄弟にあたる与儀さんは、61年に家族で来伯した。ビラ・カロンに住み、昼はコチア産組で働き、夜はパステル作りに従事した。「毎日3時間くらいしか寝てなかったけど若かったから難儀とは思わなかったね」。
 最期に本橋団長は参加者に対し「ブラジルに来られたときはぜひご連絡ください!」と呼びかけ、全員で「ふるさと」を合唱し終了となった。
 司会を務めた高嶋満博さん(72、北海道)は17歳で57年にパラグアイに渡り、68年にブエノスに移って以来同地に住む。「ふるさと巡りは良いですね。こちらでも実施したいです」と話し、「ブラジルに行くこともあると思いますので、そのときはどうぞよろしく」と笑顔を見せていた。
 元老ク連事務局長の上原玲子さん(70、長野)は、08年に皇居勤労奉仕を行なうため訪日したさい、同じグループだった文野さん、一色田さんを含む亜国在住の4人全員に再会できた。「まさか会えると思っていなかった。嬉しかったです」と笑みを浮かべた。(つづく、田中詩穂記者)

写真=大サロンの舞台で記念撮影した一同


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