第21回=国境を超える芸能の力=民族的〝武器〟としての歌

ニッケイ新聞 2011年12月24日付け

 西銘知事がアトランタの県人から歓迎され、一緒にカチャーシーを踊り、芸能という〃儀式〃を通して喜びを共有することから大会が始まったことを第17回で説明した。このように沖縄では芸能が日常生活に生きており、時代に合わせて姿を変えて生き残っている。
 第1回大会以外すべて見てきた駒澤大学の白水繁彦教授は「大会の鍵は何といっても芸能」と強調し、「文化を超えた芸能だけがここで紹介される。毎回ショーアップが洗練されている」という。
 各イベントでは手を変え品を変え、「ウチナーンチュのチムグクル(気持ち)を忘れない」と訴える。その確認手段として芸能がある。一緒に芸能を見て感動することで、海外子孫と沖縄県民がルーツ意識を確認する。
 海外子孫は三、四世の世代であり、多くはすでに日本語が分からない。開会式で古謝美佐子が民謡調で英語詩の『アメイジング・グレイス』を歌ったのは象徴的だ。日本語の壁を超えて感動を共有し合える芸能のあり方が模索され、大会の舞台に上げられ、会場を興奮の坩堝にする。
 閉会式で、喜納昌吉、ディアマンテス、ビギンらの前に『島歌』を熱唱した宮沢和史が「ウチナーンチュでない僕にも歌わせてくれてありがとう」と感謝した。それほど濃厚なエスニック空間が演出されていた。最後にはベテランの我如古(がねこ)より子がステージに上がり、客席の3万人と共に熱狂のカチャ—シーを繰り広げた。
 沖縄の芸能は外国人たる海外子孫をも魅了するような工夫が加えられ、国際性の高いワールドミュージックを目指しているようだ。芸能を通して祖先供養を奉納する熱狂的な体験を共有することが主目的であり、大会自体が現代における〃先祖崇拝の儀式〃と化している。
 米国サンディエゴ在住の富着保雄さんは「要はチャンプルー(混ぜる)なんです。沖縄には色々なものを混ぜる力がある。弱い、小さいゆえに回りの強者と仲良くする必要にせまられ、混ぜる知恵が生まれた」と芸能の持つ力を要約した。王朝時代には日清双方の使者を芸能でもてなした。外部の勢力均衡に、芸能が力を発揮することを歴史的に利用してきた。
 現代沖縄において、同族意識を活性化させる芸能の役割は大きい。対立しがちな「ウチナー」同志の心を和らげてつなげ、世界に散らばる移民子孫という「内なる外部」をかき混ぜることにも威力を発揮している。
 社会のひずみが集中した地域だからこそ多くの移民が島を出て、終戦直後には多大な援助が海外同胞から寄られ、頼りになる同族を確保しておくことの大切さを身にしみて分かっている。
 言葉を超え、理屈を越えて情感に酔える芸能は、民族的な〃武器〃なのかもしれない。これは親密さを前面に出して、初訪沖する海外子孫に「お帰りなさい」という態度に通じている。
  ☆   ☆
 将来的には大会会場は世界持ち回りになり、沖縄県民自身が「世界のウチナーンチュ」の一員になる方向性が打ち出されている。県人子孫がいるところは全て「ウチナーの故郷」になるようだ。
 すでに兆しはある。那覇では市民から「お帰りなさい」と言われて、海外子孫は「家に帰ってきたようだ」とルーツ意識を強めた。11月12日に聖市のアニェンビー国際展示場で行なわれた沖縄の人気バンドBIGINのコンサートで彼らは、最初に「ただいま!」と呼びかけた。沖縄県系二世、三世はそれに親近感を覚えてステージに熱狂していった。
 沖縄県民や他国のウチナーを受けいれて「ただいま」といってもらえることを、海外子孫は今後目指す。「おかえり」と「ただいま」は対をなす家族的態度だ。県人と子孫が親密な態度を保つ秘訣の一つようだ。(敬称略、深沢正雪記者、つづく)

写真=世界のウチナーンチュの繁栄を祈り、沖縄魂を込めて、開会式で「童神」を熱唱する古謝美佐子

image_print

こちらの記事もどうぞ