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パラグァイとテレレ=土地問題の悲喜劇とは=坂本邦雄

ニッケイ新聞 2012年2月25日付け

 揶揄的な言い方になるが、昔から人口希薄なパラグァイで有り余っているものが有るとすれば、それは広大な豊饒な土地だと云われたものである。
 いい換えれば、牧畜については粗放的な放牧方式で、広い自生草原で牛をヘクタール当たり1頭の割合で大した手間も掛けずに、田園情緒宜しく悠長に飼っていても済んだ訳だ。例えばもし3万頭の牛飼いだとすれば即ち、優に3万ヘクタールの大地主、つまりブラジルで称するファゼンデイロだと云う事になる。
 しかし、最近は牧畜業も頓に合理的に近代化され品種改良も画期的に進歩し、口蹄疫の問題も克服され(一部で再発した問題もあるが)、パラグァイの牛肉は本場のアルゼンチンの肉にも比肩する程になり、今や輸出の一大チャンピオン品目に伸し上がった。
 一方、農業は如何かと云うと、パラグァイの在来農業は小自営農か又は小作人の小農家が主で、換金作物としては棉花が代表的であった。農村の生活は僅かな日常必需品と肉や自家消費用のマンジョーカ、トウモロコシ、ポロット豆などが有りさえすれば、後は冷たい水のマテ、所謂テレレを毎日飲んで過ごせると云う安楽なもので、謂わば、貧しい其の日暮らしだが幸福であった。
 このテレレの由来は、1932—35年のチャコ戦役で戦地の悪い水に悩まされ、従来の熱いマテ茶を飲むのに火を焚けば敵軍に発見されるので、パラグァイの兵隊達は酷暑のチャコで、替わりに冷たい水のマテを〃発明〃したものだと言われ、それが戦後パラグァイの民俗慣習として一般に普及したものである。
 そして、パラグァイの国会は昨年テレレを国の文化遺産飲物として制定した。(これはブラジルやアルゼンチンも夫々自国特有の飲料として主張する動きがある為、パラグァイが先手を打ったのである)。因みに、パラグァイの〃国家テレレの日〃は毎年2月末日に記念する事が決められた。
 しかし、この様に由緒あるテレレではあるが、一方ではパラグァイ人を怠け者にしている象徴だと、心ある者は決め付ける〃テレレ亡国論〃なるものがあるのである。
 その事象を描写すれば、例えば知識も資金もあり遣る気が旺盛な日本人やブラジル人等が、自分達は開拓し得なかった土地に入植し、ドンドン近代的な農業又は牧畜業を開発し、何時の間にか豊かな文化生活を営む様子を端で〃指を銜えて〃ではなく、〃テレレを飲み乍ら〃自分が怠け者な事は棚に上げて、人を羨むのである。都市圏でも然りである。
 戦後、一時は大量に農業移民として入国した韓国や台湾の人達の多くが、翌日から街で小奇麗な進歩的な休日も夜中も休まぬセルフサービス式の店を開くと、昔風の角のアルマセン(小店)のオヤジは、此れも又テレレを飲みつゝ客を取られて行くのをマザマザと見せ付けられると云った調子である。
 確かに多くの外国人移民は、メノニタ入植者も含めて、旧態依然として進歩のなかったパラグァイの農牧業や経済の発展に大きな刺激となった事は疑いない処であるが、現地社会との望まざる歪が生じるのも否めないのである。其の一つの好例が先にも触れたパラナ河を境にしてブラジルに接する、パラグァイ国アルトパラナ県ニャクンダイ郡所在のトランキーロ・ファベロ氏(70)の大農牧用地の、自称キャンプ族(土地なし農民)に依る集団不法侵入問題に象徴されるもので、同地方の日系イグァス移住地も他人事ではない。
 同氏は、ストロエスネル政権時代の40有余年前に30歳で移住して来た、パラナ州チョピンジニョ出身のイタリア系ブラジル人で20年前にパラグァイに帰化した。約5万ヘクタール強に及ぶ各地農牧用地を所有する大地主で、主に大豆や其の他の穀物類を年間18ー20万トン生産する大型機械化栽培に成功し、9つの各業種農牧株式会社を経営する、名実共に正にパラグァイの〃大豆王〃と称される迄になった。
 土地なし農民の私有地不法侵入は今に始まった問題でなく、古より有って無いが如しの農地改革の悪政に根深い遠因があるのであるが、昨今は左翼思想のルーゴ政権下でこれ等不平分子の勢力がより組織化されて来た観がある。
 斯かる情勢の下で、今月初旬ファベロ氏はフォーリャ・デ・サンパウロ紙のインタービューに応えて、「自分の所有地をテントを張って包囲しているキャンプ族は犯罪者グループである。彼等とはまとも正面に話しは出来ない。如何なる外交的な交渉も不可能である。聞き分けの無い女は叩かなければ話しが分からない様に、キャンプ族も棒で殴らなければ正気に返らない」と土地なし農民に関してパラグァイ女性を侮辱した様な発言をし且つ、「ストロエスネル大統領の時代は治安が良く夜は窓を開けた侭で寝られたし、家は鍵を掛けないでも外出できた」等と嘗ての独裁政権を郷愁、礼賛したので其れがパラグァイの各紙で早速紹介されて各関係者の大顰蹙を買った。
 そして、アスンシォン市議会はトランキーロ・ファベロ氏を〃好ましからぬ人物〃と宣言し、満場一致を以ってファベロ発言を拒否する決議書を可決し21日付を以ってカルロス・フィリソロラ内務大臣に、同氏の帰化国籍を剥奪する手続を須らく執る可く要請した。
 種々話しは複雑だが、要するに問題の根源は〃貧乏人の僻み根性〃にある訳で、深刻な貧富の差の元凶から先ず改善して行かなければ真の社会改革は無理な相談ではなかろうか。

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