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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2012年3月15日付け

 「まあ、未発見の魚を釣ってきますかな」。9月末、サンパウロ市に戻ってくるときのホラを楽しみにしていよう—(パウリスタ新聞、1977年8月11日付け)。発言の主は当時46歳の作家、開高健。ホラではなく実際の驚きを描いたアマゾン釣行は名著『オーパ!』に結実した▼同行した編集者菊池治男さんが昨年、33年ぶりに来伯。本紙編集部を訪れた際、立ち話程度に言葉を交わしたのだが、このほど上梓した『開高健とオーパ!を歩く』(河出書房新社)を送ってくださった。内容を紹介するスペースはないが『オーパ!』ファンであれば、なるほどそうだったか—と膝を打つ場面も数多い▼この作家の特長というか才能は耳の良さだろう。日本の読者は気付くまいが『オーパ!』の中にはおかしなポ語がない。他の作家によくあるようなスペイン語と混同したり、聞き間違いをそのまま書くこともない。取材メモをほとんど取らないのも有名だ。秀逸なタイトルも悩む編集者を尻目にズバリ、一同を唸らせたという▼「この旅は大成功やった。ピラルクには再挑戦したいが、他にもスターになる魚や〃驚き〃はこの国にはバスタンチあるはずや」とコロニア語までマスターしていた作家は「アマゾンにかかるたった一つの橋は虹」と詠んだ。今は橋も架かり、当時のアマゾンとは変わっただろうが、古典となった紀行ルポは今だ色あせない▼当時28歳の菊池さんにはこの旅行が忘れ難いものだったようで、あとがきで「小説家との旅を思いっきり思い出したかった」と告白している。その舞台裏、作家の横顔に触れることのできる一冊だ。(剛)

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