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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2012年6月9日付け

 「ひげの殿下」と親しまれた三笠宮寛仁さまが、食道がんの悪化で薨去された。弟の高円宮さまもだが、どうも三笠宮家の宮さま方は若くして昇天する。桂宮さまの病状も好転しなく、療養専一が続く。三笠宮崇仁殿下が96歳、百合子妃殿下は89歳と高齢ながら今もお元気なのに3人のお子さまたちはなぜか疾病に見舞われる。だが—寛仁さまも高円宮さまも、精一杯にこの世を生き抜いた▼ひげの殿下の食道がんの初手術は1991年であり、もう20年も昔のことである。病状はその後も進み、これまでに手術を16回も受けられたが、それでも天性のロマンチックな考え方を発揮し、その発言はしばしば話題になり、庶民からも拍手も多い。あの女性宮家が世を騒がせたときに「神武天皇以降、連綿として男系」の論を展開し宮内庁も大慌てを演じた▼社会福祉に力を入れられ、三笠宮殿下のオリエント学を引き継ぐような形でのトルコとの友好親善にも尽力された。そんな寛仁さまだけれども、長女の彬子さまや次女瑶子さまの話になると手放しで誉める親父どのにと真に愉快で滑稽なお人柄を演じたりもした▼高円宮さまはサーッカーが大好きでワールドカップの時には韓国を訪問し19試合も観戦し、珊瑚や象牙の根付を蒐集する趣味で鳴らしたのは、今に語り継がれるが、47歳で急逝されている。寛仁さまのご令閨・信子妃殿下は、麻生太郎元首相の妹であり、ワンマン宰相の吉田茂氏の孫になるが、病気の悪化で覚悟のほどはついていたろうけれども、66歳の薨去を惜しむのは人一倍であろうかと拝察する。(遯)

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