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YOSAKOIソーラン10周年=第6回=ブラジル全土に普及進む=出場続ける? ジレンマも

ニッケイ新聞 2012年7月17日付け

 実施団体数は着々と増え、現在、ブラジルYOSAKOIソーラン協会が把握しているだけでも約80団体ある。
 2007年から2年間滞伯したJICAシニアボランティアの嶌原まさ子さんも、マナウスや北東伯の海岸都市など伯国各地を回り地方普及に一役買った。浜崎マルセリーノ会長によれば、「あの時、YOSAKOIのレベルがあっという間に上がった。それまでは知らなかった基本が分かって、へーっていう間に踊りがキレイになった」。
 始めは遠方からメンバーを集めて踊っていた団体が二つに分かれたり、活動中の団体のメンバーが他地域に出向いて新グループの立ち上げを手伝ったりした例もある。
 第5回大会を迎える時点では、パラーや聖州など日系人の多い州に限らず、アマゾナス、リオや南麻州からも団体が大会に出向くようになった。
 一方で、参加団体数に注目すると4回目以降は15団体前後と数が振るわず、出場人数は500人程度だ。飯島氏は「出たいグループも増えているしもっと参加してほしいが、やっぱり金銭的な問題で難しい」と声を落とす。そのため、「遠くから来るだけでも大変だから」と出場料はとらない。団体での旅費・滞在費は高いハードルだ。
 実際に途中から参加をやめた団体に話を聞いてみたところ、次のような意見も聞かれた。
 2回目まで出場したリベイロン・ピーレス民舞の川添敏江指導者は、「曲に振り付けをしたり新しい衣装を作ったりするのは、専門の人も資金援助もない私たちにはとても大変」と言う。大会には「新しい振り付けで踊ること」との審査規定があるため、同じ振り付けだと審査対象から外れてしまう。「それに仕事や学校に行きながら時間を合わせて練習するのも難しいし」
 3回目まで出場した弓場チームの小原明子指導者は「うちの人たちは競い合うのがあまり好きではないから」と説明する。総合優勝の経験もあるが、「バレエ公演の練習もあるのに、コンクールの練習までしたらもっと忙しくなる」と近年は姿を見せていない。
 トモダチ・デ・ビリグイの鈴木ルイース・エンリケ・カズトシさん(17、三世)は「皆YOASKOIが大好きで毎年参加してきた。でも今年の参加が最後になるかも」と漏らしている。
 専属の指導者がおらず、弓場農場のバレエ指導者に依頼してきた。しかし2年間指導にあたった小原さんは、弓場での活動に重点を置くため、そろそろ手を引く意向だという。
 「先生がいない年は自分たちで振り付けをしたけど、本当に大変だった。小さい子の指導も僕らだけじゃ難しいし、サンパウロまで大会に行くのも先生がいないと不安だしね」。状況を理解しているチームのメンバーからも、反対の声はない。
(つづく、児島阿佐美)

写真=第2回大会で総合優勝をかざった弓場チーム

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