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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2012年11月23日付け

 ある自動翻訳ソフトの宣伝文句で「通常〃文明開化〃はcivilization(文明) and enlightenment(教化)と英訳されるが、これでは一般の西洋人には分かりにくいため、westernizatio(西洋化)にしています」と強調されているのを読んで、考え込んだ▼今まで何気なく使っていた「文明開化」という言葉は、明治政府が自分達を正当化するために、それ以前の江戸文化などを〃文明以前〃と印象付ける役割を負った言葉だったのかもと気付いた。と同時に、明治政府が言う〃文明〃とは西洋文明のことであり、東洋文明は「開花」されるべき遅れた存在だ—との認識が透けて見える▼1961年にヴィラス・ボアス3兄弟が奔走して、インディオ保護区としてシングー国立公園を設定するまでの物語を描いたブラジル映画『Xingu』を先日見た。40年、バルガス独裁政権が計画した中央平原遠征隊に参加した白人主人公が口にする「所有者のいない未開地だと教えられてやって来たが、別の文明があった」とのセリフに感心した▼「インディオは〃人〃以下、未開だから所有権がない」という権力側の発想で送り込まれたが、インディオなりの伝統文化を持っていることに気付いた白人主人公の気持ちをそう表現したものだ▼きっとペリーが黒船で日本にやって来た時も、チョンマゲをした黄色人種を「文明以前」だと思っていたに違いない。そう思いながら件の映画を見ていると、最初は自分も西洋人の側からインディオを見ていると思っていたが、いつの間にかインディオの側にも感情移入している自分に気付き、自分は一体どっちの立場なのかと妙に気になった。(深)

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