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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第13回

ニッケイ新聞 2013年2月14日

 在日朝鮮人・韓国人一世の多くは結婚における血の純潔を守ろうとしていた。外国人の血が混じれば、その家系の血は薄れ、生活の秩序も風習も習慣も、朝鮮人、韓国人としての家の堅い絆が破壊されてしまう。生まれた子供は混血児として、将来、悩み苦しむことになり、悲劇を生む。
 日本人は朝鮮半島を支配し、侵略と差別の歴史を清算しないどころか、差別をそのまま維持している。愛は国境を越えると言ったところで、日本人と朝鮮人、韓国人の間には宿命的な差別が存在する。
 ゲルマン民族はその純潔を唱え、優秀性を誇示してユダヤ人を虐殺し、ファシズムの道を突き進んだ。しかし、朝鮮人、韓国人が血の純潔を唱え、日本人との結婚を拒絶するのは、民族を維持し、存続するための自衛手段だった。これが在日社会では当然のこととして考えられていた。
 しかし、これはあくまでも理屈の上での話だった。男と女の感情に民族などまったくの無力だ。二人は感情のおもむくままに抱き合い、愛し合った。セックスが終わった後、美子はアイデンティティ、民族、差別という言葉をしきりに口にした。
 最初のうちには美子の声に真剣に耳を傾けていた児玉だが、またかと次第にうとましく思うようになっていった。適当に聞き流す児玉を、刺々しい声で美子はなじった。
 二人の別れは出会った時から始まっていたのかも知れない。児玉のブラジル移住はその契機でしかなかった。
 まだ二人が知り合って間もない頃だった。早稲田大学の大隈講堂で在日作家の高史明が講演を行った。何のテーマで講演したのか、児玉は覚えていないが、最後に締めくくった言葉は覚えている。
「在日を生み出したような世界のありように一筋の光を投げ掛けた時、在日は解放されるのではないだろうか」
 児玉はその一筋の光を求めてブラジルに移住しようとしていた。その光を見出すことができない限り、朴美子と共に暮らせる日は永久にこないと思った。

トレメ・トレメ

「児玉、少しはサンパウロの生活には慣れたか」
 中田編集長が椅子に座ると同時に聞いた。編集長は毎朝十時には出社し、三社の新聞に目を通す。サンパウロではパウリスタ新聞、日伯毎日新聞、サンパウロ新聞の三つの日刊邦字紙が発行されている。
「食事はまったく問題はありませんが、ブラジルの蚤にはもう耐えられません」
「それでも一週間はもったのか」編集長が笑いながら言った。
「あんなところにいたら身体の血を全部、蚤に吸われてしまう」
「ブラジルで暮らそうと思うなら、あの蚤に慣れなくてはだめだぞ。バスに乗ってもいるし、映画館に入ってもいる」
 児玉は本当に身体の中の血を吸い取られるのではないかと思った。一日でも早くポルトガル語を覚えようと思いブラジル人のペンソン(下宿)に入ることにした。ペンソンはコロニア風の大きな家の一部屋に四、五人が入り、共同生活をする仕組みになっている。ほとんどが朝夕の食事付きで、共同生活の煩わしささえ気にならなければ、独身者や学生にとっては便利なものだ。
 児玉もこのペンソンに入ったが一週間で出てしまった。共同生活は言葉を覚えるために我慢もできるが、蚤だけはどうすることもできなかった。部屋には二段ベッドが三つほど置かれているのだが、蚤の洗礼を受けるのは児玉だけで、他の者は蚤にくわれている様子はなかった。とにかく痒くて寝ていられないのだ。


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