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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第19回

ニッケイ新聞 2013年2月22日

 児玉の手がテレーザの胸をまさぐる。弾力のあるバストだ。潤いのある肌は濡れた絹に触れるような感触だった。その感触を楽しむかのように児玉はテレーザの全身を掌で愛撫した。ウェストからヒップは肉感的な豊かな半円を描いている。
 モレーナの肌の色は明らかに黒人のそれとは異なっていた。児玉はテレーザの肌の色を確かめながら、首から胸の隆起へ、そして下腹部へと唇を這わせた。
 テレーザは待ち切れないのか、児玉の手を敏感な部分に導いた。同時にいきり立った児玉の男性自身にもやさしく触れた。テレーザの呼吸が次第に荒くなっていく。
 ベッドから身を起こすと彼女が児玉に体を重ねた。テレーザも唇を児玉の全身に這わせ、全身の欲望を覚醒させるかのように、執拗な愛撫を繰り返した。
 児玉はたまらずテレーザの中に突き上げるようにして入った。テレーザは眉間に少し、皺を寄せて、一つだけ深く息を吸い込んだ。テレーザは仰向けになっている児玉の上で、腰をくねらせた。
 児玉は体を起こして、テレーザの黒い乳房を吸い両手を彼女の腰に回した。児玉の両手の動きに合わせるように、彼女は激しく腰を上下させた。テレーザの両腕が児玉の首に絡みついた。
「キェ・ボン(いいわ)」
 テレーザが喘ぎながら言った。児玉とテレーザの欲望の波は一つに重なり、大きくうねった。
「ゴソトーゾ」
 テレーザは何度もこう言って、児玉を押し倒すようにして絶頂を迎えた。児玉もそんなテレーザを強く抱き締めながら果てた。
 二人はしばらく抱き合ったままだった。部屋には相変わらずポルノビデオが流れていた。わざとらしい戯れ声に児玉はようやく我に返ったが、テレーザを抱き続けた。ブラジルに来て初めて抱いた女性だという感慨がそうさせたのかもしれない。
 テレーザとのセックスには羞恥心のかけらもなかった。しかし朴美子との間にはなかった、包み込まれるような温かさが、テレーザとのセックスにはあった。
 テレーザは足元に押しやられていたシーツを掛け直すと、児玉に甘えるようにして聞いた。
「コダマ、オイシイ?」
 児玉には彼女の質問の意味がわからなかった。
「ターバ・ゴストーゾ?(よかった)」テレーザは何度も繰り返して聞いた。
 「ゴストーゾ」には二つの意味があることが、児玉にもようやく飲み込めた。「食事が美味しい」という意味と同時にセックスの快楽も「ゴストーゾ」なのだ。ラテンアメリカの気質というべきなのか、ブラジル人にとっと美味な食事も、快楽に満ちたセックスも「ゴストーゾ」で表現される。
「クラーロ、オッチモ(もちろん、最高だったよ)」
 児玉は覚えたばかりの単語を並べた。テレーザは子供のような無邪気な笑みを浮かべてキスをした。その晩、二人は抱き合いながら眠った。
 翌朝、児玉はシャワーの音で目を覚ました。夜はまだ明けてはいなかった。カーテンの向こうにはわずかに青い闇が残っていた。バスルームから出てきたテレーザはきれいに身支度をし、薄化粧をしていた。
「ジャ、ヴォウ(もう行くわ)」
 ベッドに腰を下ろすと、事務的な声で言った。快楽に貪欲だった昨夜のテレーザとは全く別人だ。
「ポルケェ?(なぜ)」
「メウ・フィーリョ・タ・アコルダ(子供が起きる)」
 「フィーリョ」という言葉から児玉にもおよその意味がわかった
「テン・フィーリョ?(子供がいるの)」
「テン。ミ・アジューダ(いるよ。だから助けて)」おどけた顔をしてテレーザが言った。
 児玉はズボンのポケットから財布を取り出した。ブラジル通貨のクルゼイロ紙幣は小銭しかなかった。昨晩の飲み代とホテル代に消えていた。児玉は仕方なく彼女に百ドル紙幣一枚を手渡した。
 一瞬、困惑した表情を浮かべ、言った。


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